2005年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年10月

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ギター教室

明るい生徒さんたち。(ケンジ君はお休み。)



「ギターって楽しいわあ」
「アコースティックギター最高っ!!」
スポンサーサイト

| 未分類 | 22:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

携帯写真家への道

 今まで持っていたPHSの端末にはカメラ機能は無かったので、「携帯カメラ」については、詳しく知らなかった。

 今回V603SHを手にして、いろいろとカメラ機能を試してみて、大体素性が分かってきた。

 で、携帯(V603SH)カメラについての感想は以下の通り。

■長所■
・常時携帯している。(とっても重要です。これ。)
・思ったより写る。(へー使えるじゃん。という感じですね。)
・そのままメール送信できる。(まあフルサイズのものは無理ですけど。)
・ファインダーが大きい。

■短所■
・レンズに指紋がつく。(レンズむき出しなんて、考えられない設計ですね・・・。)
・合焦速度、遅すぎ。(約2秒かかります。でもその一呼吸は嫌いではありません。スナップには向かないけれど。)
・四隅の画質、流れ過ぎ。(カメラ部は京セラが作っているらしい。本当ですか?)
・輪郭ギザギザ、白飛び、諧調不自然、逆光はだめ、・・・(被写体、構図を選びます、かなり。)

 というわけで、起動性がとても高いのに、かなり被写体の選択に制約が課せられるのである。

 もっともカール・ツァイス社が携帯カメラレンズに参入し、1000万画素のカメラ機能を視野に入れているという事なので、「携帯カメラ」も近いうちに大幅な画質の向上がなされるのだろう。

 ともあれ、この携帯カメラ、かつてガソリンスタンドでもらった「パノラマン」にとてもよく似た存在感である。「デジパノ」である。
 すぐれた携帯性、頼りないチープな描写。「まあ、キレイに写らなくてもしかたないよね。」という気楽な写真機である。

 今のフィルムカメラ・デジカメは80年前の人たちから見れば、まさしく「夢のカメラ」である。あっという間に高画質のカラー写真が撮れる。
 しかし、面倒で画質の悪いシステムで、昔の写真家は名作をたくさん残した。

 その人たちにこの「デジパノ」を渡したら、きっと多分優れた作品をたくさん撮るのではないか?

 そんなわけで、しばらくは携帯写真家の道を散歩してみたいと思う。
 撮影に失敗しても、「やっぱり携帯電話じゃなあ・・」と言い訳すればいいのだから、すこぶる気楽である。

 Ryuji2005-09-23-162500.jpg


| 未分類 | 00:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ありがとう岩渕さん。

 岩渕まことさんのコンサート後、さまざまな感想が寄せられている。

 当日の夜は、「癒されました・・」と言って帰っていかれる方が多かった。

 後日、「まだ余韻が残っています。」とか「CD買って良かった!」という声をいくつも聴いた。

 今日は、子どもの友達「りこちゃん」からこんなメールも。

前の、コンサート楽しかっね。
ちょとだけ、悲しかったね。

りこより

 やはり、プロのステージってすごいなあ、と改めて思ったことであった。

| いい一日でした。 | 17:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

裏門取り付け工事

Ryuji2005-09-29-093200.jpg

 八代建設さんが家族で朝から作業してくださっている。
 裏手の土地にダイレクトにアクセスできるのは、とてもありがたい。

 どんな仕上がりになるのだろう。
 楽しみである。
Ryuji2005-09-29-095500.jpg
   (途中経過)

 と、思ったらお昼にはもう終わってしまっていた。
 早~。

| 未分類 | 09:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

祈祷会メッセージ Acts.8:5-13

■9月28日 祈祷会
■Tex. 使徒の働き8章5-13節

≫ Read More

| 未分類 | 10:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

コイノーニア

 夜のセミナーの準備。
 今日は「コイノーニア」について。
 教会用語の「交わり」の原語だが、ギリシャ語では17節・19回使用されている。

 調べていると、とても面白くて時間を忘れてしまう。
 セミナーの講師、引き受けてよかったなあ。

 「交わり」は一緒にお茶を飲む行為ではない。
 当時の古代ギリシャ語では、商売関係を表す用語であり、共通の利害・パートナーなどの意味合いを持つ。

 教会におけるコイノーニアとは、具体的な援助であり、キリストの共有である。
 実践的で、かつ福音の本質を土台としている。

 楽しいお茶の“交わり”も大好きだが、本来のコイノーニアの土台あってこその交わりであることを改めて思わされた。

≫ Read More

| 未分類 | 17:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

実家(その1)が格好の宿泊施設になっている。

Ryuji2005-09-26-110800.jpg

 昔、死んだ祖父母と暮らしていた家屋が、リフォームされて、寝泊りが出来るようになっていた。

 二階が二棟(計3部屋)あるので、合宿もしやすそうである。

 中高生のキャンプ、教会のリトリート、ブレスの強化合宿、あるいは個人的な祈りの家としての使用など、夢が膨らんだ。

Ryuji2005-09-26-134900-1.jpg
部屋はたくさん。

Ryuji2005-09-26-134900.jpg
台所も広い。

Ryuji2005-09-26-135100.jpg
防音が施された大きい部屋。

| 未分類 | 18:13 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

実家ホテル

20050925231813

 今日も幸いな日曜日であった。
 一年に一度の召天者記念礼拝。遺族の方達と、「いのち」について考え、いのちを与えて下さる神を礼拝する事が出来た。

 天ではいつも神に礼拝がささげられているという。
 召天者と私達は、礼拝で繋がっているのである。

 礼拝後、教会納骨堂に墓参に行った。
 そこには、私が着任してすぐに葬儀をした女性のお骨が納められている。
 初めてお見舞いに行ったとき、握った手のやわらかさを覚えている。
 すべてが失われても、なお失われないともし火のようなものを感じた。
 それは永遠のいのちの明るさのようなものだと思う。

 幸いな一日であった。

 Shi-ton氏がひそかにカメラマンデビューをした。気配を消してシャッターチャンスをつかむ才能を発揮して、良い写真を届けてくれた。

 Linda氏が礼拝に出席できた。それもうれしいことであった。

 たくさんのイベントが続いていたが、久しぶりに明日の月曜日はのんびり出来そうである。ここまで支えてくださった、教会の方達には本当に感謝である。また、妻にも感謝したい。
 なにより、神様に感謝せずにはいられない。
 与えられたいのちを、大事に使うことを、神様は忍耐強く教えてくださっている。

 今夜は、妻と共に実家ホテルに来ている。
 感謝しつつ、ゆっくり寝よう。

| 未分類 | 23:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

こっそり大仕事

Ryuji2005-09-24-141600.jpg

 昨日私たちが午後いっぱい川で遊んでいるころ、Yoshiko姉が教会の庭木のせん定もろもろをして下さっていた。

 帰ってきて、驚いたことであった。

 「日曜日には召天者記念礼拝があるから・・」とのこと。

 いつもいつも、本当にありがとうございます。

 m(__)m

| 未分類 | 14:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

青年会アウトドア訓練、終了

 食べた、漕いだ、泳いだ。

 川の流れの音を聴きつつ、木陰で食事をしていると、本当にのんびりした気持ちになった。

 12人居たので、「ああ、イエス様が12弟子と過ごされた時はこんな感じだったのだなあ」と思ったことだった。

 Kyathyさんの新艇「オレ号」の進水式もあったり、Shi-ton氏のブログ復活宣言があったり、Lindaさんとやっと会えたり、Norikoさんがアウトドアデビューをしたり、Mikaさんが参加してくださったり、パトラッシュ氏が気管支炎だったりした。

 20050923215150.jpg
  進水式にて

 暗くなってもなお遊びたかったが(ランタンも用意していた)、本当は帰ってしなくてはならないことが沢山あった。
 暮れかかったちょうど良いころ、「そろそろ帰りなさーい」と雨がぽつぽつ降り始めた。
 
 またきっと来るからねー、と遊び場を後にしたことであった。
 段取りしてくださったKyathyさん、ばっちりな天候と素晴らしい仲間を与えてくださった神様に感謝!

■今日の発見 携帯電話簡易方位計のカメラはなかなか使える。

Ryuji2005-09-23-155200.jpg


| 未分類 | 21:55 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

方位磁石を買った

 簡易方位計を買った。

05_6.gif

 これで、方向音痴が少し解消されるといいのだが。

 最近の傾向だろうか。色々と機能が付加されていて、驚いた。
 LED?のミニライトが付いているし、簡単な天気予報も表示してくれる。
 大したものである。

 さらに驚くべきことに、写真も撮れるのである。
 
VFSH0001.jpg


 あと、電話も出来るらしい・・・。

| 未分類 | 13:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

高屋聖書を読む会 4回目 「キリストとは 1」

Text. Isa.53:1-6

≫ Read More

| 未分類 | 09:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

サヨナラPHS

 H”が壊れたので、ウィルコムに電話した。
 なんと電話であっという間に解約手続きが終わってしまった。
 新しい端末が出ますよ、という情報を教えてくれたのだが、

 私「ひょっとしてα-PHS規格が復活・・」
 相手の方「それはないですね。」
 私「そうですか・・、今までお世話になりました・・」

 電話機に子機登録できないPHSに魅力は無い。
 サヨナラ、PHS・・。

 しばらくは、携帯無しの生活を過ごしてみようと思う。
 
 夜は、一回目の信徒聖書セミナー。
 90分で、ギリシャ語のアルファベット、母音・二重母音、気息音をやった。ひいひい言いながらも、生徒さんたちは楽しそうだった。
 私が始めてギリシャ語を習ったときの感動を思い出した。
 2000年前に、ヨハネが書いた文章を、書かれたことばのまま読める!ということに本当に興奮したものである。

 もっとも今回の学びは「音読できる」程度のギリシャ語の学びで、あとは用語の意味を聖書を紐解きながら帰納法的に学ぶ内容になる。
 
 宿題もしっかり出させていただいた。みんなそれぞれお仕事をしている方たちである。
 立派だなあ、と感心する。

≫ Read More

| 未分類 | 23:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ぱきっ

あ、PHSが壊れた。

| 未分類 | 13:22 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

明日は早起き

 妻は朝から聖約コンベンションへ。
 私は、ミニ工事の立会いのため、お留守番。
 午前中に、ミニ工事は終了。裏手の土地との間に門扉を取り付けるために、「ひでちゃん」さんがブロック塀をカットして下さった。
 ディスクグラインダーで切るとは知らなかった・・・。
 Shi-ton氏も付き合ってくれた。

 午後、ちょっとJAZZにまたがって病院へお見舞い。
 それから、明日から始まるセミナーのために、ギリシャ語初級の教科書を読む。
 ワードスタディということだが、自分の復習のためにも文法を教えさせてもらいたいなあ、と思う。
 明日はアルファベット(小文字の表記)と発音(母音・重複母音・アクセント・気息音)をすることにしよう。辞書片手にヨハネの福音書の出だしくらい読めるようにさせてあげたいなあ、と勝手に思う。
 そのためには、やはり定冠詞と名詞・動詞の格変化はやらないといけない。無理かなあ、やっぱり。

 夕刻コンベンションから帰ってきたOsakaさん、そして妻から報告を聴く。
 安海師のメッセージは、とても分かりやすかったらしい。

 人間の行動は、世界観→価値観→習慣→行動という流れで、より根本的なものによって動機付けられている。
 それゆえ、土台である世界観の変化こそ、行動の変革に不可欠である、とのこと。(妻の記憶が確かでありますように)

 その土台の変化の秘訣はやはり祈りとみことばに他ならない。
 祈りとみことばこそ、私たちがもっとも目を注ぐべき生活のいのちであることを力説されたようである。

 妻は明日の朝早起きして旭川沿いで一時間祈りの時間を取りたいと言ってきた。
 喜んでお供しますとも。

| 未分類 | 00:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

YC25周年記念集会、終了。

ryuji2005-09-18-210833.jpg

 日本聖約キリスト教団からの依頼を受けて、奏楽(讃美の伴奏)のために出かけてきた。

 会場はユースセンター牛窓。聖約教団がスウェーデン聖約からプレゼントされた研修施設である。
 瀬戸内海を見下ろす丘の上にあるのだが、今年25歳の誕生日を迎える。
 元気に神様を讃美したいところである。

 曲数は6曲。(さあ讃美しよう、熱い風、御名を掲げて、主は今生きておられる、威光・尊厳・栄誉、主の前にひざまずき)
 3ヶ月前から準備ははじまり、パート譜、MidiなどShi-ton氏がこしらえてくれた。

 今回は、KyathyさんのKey.デビューである。Okudaさん、Lindaさん、ロド竹さんは欠席だったが、(ロド竹さんも楽しそうな時間を過ごしていますね~。)総勢12名で演奏した。

 ユースセンターの記念のプログラムの合間に3回、二曲ずつ歌ったが、100人近い方たちが声を合わせて、心を合わせて歌ってくださったのは、とても気持ちが良かった。

 Lindaさんの代わりに私がVo.をすることに。
 「熱い風」は作曲者の岩渕まことさんが聴いている、という危機的状況であったが、深く考えずに楽しくやらせていただいた。

 しかし、今回のようなイベントに私たちを呼んでくれた企画の方たちには心からお礼を言いたいと思う。
 PAの方たちにも感謝したい。

 何よりも、音楽を用いて私たちの心をたばねてくださり、喜びで満たしてくださる神様に感謝したい。

 (写真は、照明の都合でStephan一人が目立っているが、他に写真がないので、載せておく。)

| 未分類 | 11:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

チャペル・コンサート終了!



 「岩渕まこと・弾き語りの夕べ」・・・素晴らしいひと時であった。

 50席を用意したが、満員であった。
 それぞれが満足した表情で帰っていかれた。
 これがプロのステージなのだなあ、と思ったことであった。

 クリスチャンとなった経過、幼い娘さんを失った悲しみと希望、歌う旅人としての喜び・・
 歌の合間に語られるトークの中に、しっかりとメッセージがこめられている。
 岩渕さんはプロのミュージシャンだけではなく、プロのミュージック・エバンジェリスト(音楽伝道者)なのだ、と感じた。

 また、近隣の教会の方たちが来てくださった事もうれしかった。

 本当に多くの恵みを得た夜であった。
 岩渕さんと神さまに、心から感謝したい。
20050918000051.jpg
Photo by Shi-ton

| 未分類 | 22:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ぼくとドラえもんと岩渕さん

Ryuji2005-09-17-150942.jpg

 今夜が岩渕さんのコンサートである。
 販売用のCDも届いて、どきどきしながら準備している。

 1981年、小学1年生の3月の春休み、映画「のび太の宇宙開拓史」が、私のドラえもんとの出会いであり、岩渕さんとの出会いであった。

 実は、三作目のドラえもん映画「のび太の大魔境」(だからみんなで)、四作目の「のび太の海底奇岩城」(海はぼくらと)も岩渕さんがエンディング・ソングを歌っている。

 私と同世代の人の多くが、感動をもって岩渕さんの歌声を聴きながらスクリーンのドラえもんを見つめていたのである。

HEAVENLY-jacket.jpg

 岩渕さんが1977年に日本コロムビアからデビューして、クリスチャンになったのは1980年。
 「宇宙開拓史」で岩渕さんの歌声が全国で流れたときは、クリスチャンになりたてでいらっしゃったわけである。
 私は、子ども心に、「この歌を歌っている人は、イエスさまを信じているのじゃないか。」と思ったのを覚えている。
 やはり、そうだったのである。

 あれから四半世紀を経て、牧師になった私が岩渕さんをお迎えできるというのは、感無量の出来事である。

 かつて岩渕さんは、ミュージシャンとしての成功を追い求めておられた。
 けれど、イエス・キリストに出会ってからは、神の素晴らしさを伝えるために、歌声とギターを用いている。
 その生き方そのものが、彼の「歌」である。

 私も今日、短い聖書の話をコンサートの中でさせて頂く。
 精一杯に神のことばを伝えさせて頂きたいと願っている。

| 未分類 | 12:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

メモ発見

 わざわざ計りに出かけたのに、メモを失くしたのかと思っていたら、聖書にはさんでいた。

 ここに貼っておこう。

SAMPLE.jpg


 これで、大丈夫、と。

≫ Read More

| 未分類 | 21:19 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

いよいよ土曜日・・・

Ryuji2005-09-15-191947.jpg

 Shi-ton氏と、土曜日の岩渕亮コンサートの準備。
 マイクのチェックなどを行った。

 この椅子に、本物の岩渕さんが座られるのである・・。

 楽しみである。
 

| 未分類 | 22:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

祈祷会メッセージ:使徒7:54-60

■使徒の働き 7:54-60
■主題 二つの叫びが明らかにする二つの生き方

■導入
 礼拝説教では、口から出る「ことば」が心の有り様を明確にしていることを学んだ。
 もしも、私たちが叫び声を挙げることがあれば、それはより直接的に心の真実を物語っているのだろう。
 また、死期に及んでのことばならば、それはさらに重みのある言葉となるだろう。

■文脈
 エルサレムの議会における、偽りの裁判に立たされたステパノは、旧約聖書を紐解き、イスラエルの民の神に対する反逆と偶像礼拝の歴史を語る。
 そして、今もまたあなたがたは同じ事をしていると責める。

■滅びにいたるものの叫び
 みことばによって、明確に自分の罪を示された群集は、「大声で叫びながら、いっせいに、ステパノに殺到した」と記されてある。
 これは、どのような心から出ているのか。
 54節にそれが記されている。「はらわたが煮え返る思い(直訳:心をのこぎりで引き切る)で、ステパノにむかって歯ぎしりした。」
 彼らが土台としている聖書から、罪を指し示され、さらに自分たちが十字架にかけたキリストが救い主であると言われた時、彼らの心の底から殺意の絶叫が生じた。
 それは、やがて死の滅びに陥るときの断末魔の叫びに似ている。心が引ききられ、歯ぎしりし、聞くに耐えない摩擦音を立てている。
 怒りと憎しみ、そして恐怖の叫びである。
 彼らはこれ以上、ステパノの声が聞こえないように耳を多い、石を投げつけ、ステパノを打ち殺した。

■キリストにあるものの叫び ステパノもまた最期に大声で叫んだ。それは、単なる叫びではなく、祈りの叫びであった。
 「主よ。この罪を彼らに負わせないで下さい。」(60)
 自分を打ち殺す者たちの赦しを願って、彼は眠りについた。
 それは、キリストが十字架で祈った祈りそのものである。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34)
 ステパノの言葉は、ステパノの心の有り様を明確に示している。彼の生きてきた道そのものを表している。
 彼の心はいつもキリストを見ていたのである。彼の心には常に、キリストの愛への感謝があふれていた。
 「見なさい。天が開けて。人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」(56)
 殺害者の側にいた青年サウロは、その有様をじっと見ていた。後の大伝道者パウロである。

■声無き叫び
 多くの人々が、声泣き叫びをあげて泣いている。
 あるいは恐れと怒りの声をあげている。
 キリストの呼び声を誰かが届けなくてはならない。
 「主イエスよ。私の霊をお受けください。」(59節)
 そう言ってステパノは生涯を閉じた。そのように、身も心もゆだねてしまえる神がおられることを、伝えなくてはならない。

| 未分類 | 09:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

心の方程式

 日曜日の今日の一日、心ふるえるような出来事がいくつもあった。

 中学科が終わるころ、隣の小学科のコウキがフルーツゼリーと麦茶を持ってきて、わたしにくれた。誕生会だったのである。
 彼は、いつも食べ物を配るときにわたしに一番に持ってきてくれる。
 友情のしるしなのだと思う。

 しかし、すぐに分かったことだが、今日はおやつは子どもの数しかなかったのである。
 コウキは、自分の分をくれたのである。
 見ると、食べているみんなの中に入れないので、ソファーのところに寝そべっている。

 ゼリーと麦茶を持っていって、「コウキ、ありがとう。気持ちだけでおなかいっぱいだよ。みんなと食べなさい。」と言って、返してやった。

 コウキは、結局何も損をしなかった。しかし、一度わたしにくれたことで、私もコウキもとても素敵な心持ちになれた。
 一皿のゼリーが、何倍もの価値を生み出したのである。
 ここには、不思議な方程式があるように思う。

 わたしと神さまとの間にも、この心の方程式が働いている。
 わたしが神さまにすべてをささげるとき、それは幾倍にもなって返ってくる。
 そして、わたしも神さまも、目に見えないもっと大切な何かで、喜びを得る。

 ソファーで寝そべるコウキを見て、どれほどの情愛をわたしは感じたことだろう。
 神さまも、こんな思いでわたしを見てくださっているのだ、と思った。

 今日も、小さな友だちから大切なことを教えてもらった。

| 未分類 | 20:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

9月のジョイクラブ終了

 今日はジョイクラブであった。
 いつものように、子ども達がはしゃぎながら、プログラムを楽しんでいた。

 また、アメリカ帰りのYumikoさんも来てくれた。
 10月あたり、E.B.C.に来られるかもしれない。

 江見先生は、クヌッセン機関長の話を紹介しつつ、「ほんまの友情」というタイトルでメッセージをしてくださった。
 クヌッセン機関長の検死にあたった医師は胸ポケットから読み古された小さな聖書を発見している。
 彼は、「隣人を愛せよ」という命令を実行したのである。

 先生が掲げられた、箴言17:17のことば、
「友はどんなときにも愛するものだ。
 兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。」

 が心に沁みた。

| 未分類 | 21:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

川遊び チラシ完成

reiko.jpg

 Kyathyさんが早速チラシをこしらえてくださいました。(クリックで拡大します。)
 参加希望者は、この記事のコメント欄、もしくはメールでお伝え下さい。

 地図の詳細は、参加者におってお伝えしますね。

| 未分類 | 19:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

下見 その2

Ryuji2005-09-10-093504.jpg

 早朝、Kyathyさんと再度旭川へ。
 前回果たせなかった、川遊びの下見である。

 今回は水位も下がり(でももうちょっと下がって欲しい)、無事下見を終えた。
 「いいじゃん、いいじゃん、ここにしましょー!」とKyathyさん。
 場所はここで決定。

 買ってきた「ヘルメス」のクロワッサン(美味しい)とわざわざコーヒーを淹れて(新鋭機を使いたかっただけ)、朝食をしつつ、計画を練る。

 Kyathyさんは、そこから出勤。わたしたちもジョイクラブの準備をするべく教会へ帰る。
 贅沢な朝ごはんであった。

 ■決定事項■
 日時:9月23日(金・祝)13時にBBQ食べ始め。あとは自由。
 費用:一人800円?
 内容:BBQ、浮島周遊カヌー、釣り、泉のそばでのんびり、素もぐりなど。
 
 地図入りのチラシをKyathyさんが描いてくださるとのこと。
 色々人を誘って楽しくしたいところである。
 準備隊は、買出しして、早めに行って火起こしなどをする。
 解散は特になし。帰りたい人から帰る。


 晴れますように~。
 この日は(も)遊びますよ、私は。

| 未分類 | 10:35 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

純真

 先日、「素直な信仰」について考えさせられた。
 「深く考えない」「難しく考えない」ということを、何か良いことのように考える向きがクリスチャンの内にありはしないだろうか。

 聖書は「純真」(ヤコブ3:17)を優れた徳として教えている。
 アグノスというギリシャ語は、innocentなどとも訳されるが、先天的に無垢である、というよりは、神を礼拝するために聖別されている、という意味である。

 「深く考えない」というのが聖書の言う純真ではなく、「神を恐れつつ深く考えること」にも純真さは見出されるのだろう。

 キリスト教と科学は何も矛盾しはしないし、人間学において聖書は素晴らしい光を当ててくれる。
 小学生でも聖書を普通に読めば、人間存在に関する深い洞察に至ることが出来るのである。深く掘り下げれば、それだけ確かで価値あるものを見出すことができるのである。。

 難しそうなこと、矛盾しているように見えることを避けて、「深く考えないで」神を信じることは、実はとてももったいないことではないか、と思う。

| 未分類 | 11:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

増水しているじゃないか。

 Kyathyさんと妻と、23日の川遊びの下見に、旭川の穴場へ。
 新大原橋を過ぎるとき、妻が「ぎょえーっ」(確かにこう聞こえた。)と驚きの声を上げる。

 いつもの遊び場が、茫漠たる濁流になっているのである。
 こんな旭川は初めて見た。
 昨夜の台風で、赤磐市はそれほど雨が降らなかったのだが、県北ではかなり降ったのだと思われる。

 下見先の穴場の近くで車を降りると、「ゴゴゴ」という水音が木立の向こうから聞こえる。この音を聞くと、私はかつてカヌーで怖い思いをした思い出がよみがえってくる。

 「今日は下見にならないかもしれんなー」と言いつつ、木立を抜けると、突然道が途切れ、濁流が視界いっぱいに広がっていた。
 バーベキュー予定地も、カヌーで遊ぶ場所も、素もぐりが出来そうなところも、すべて渦を巻く茶色い流れの底である。足を滑らしたら、私もそのまま・・、と思うとかなりどきどきした。(近辺の観測所のサイトを見ると約2.5メートル水位が上昇していた。)

 すごすごと帰り、下見は後日に延期した。

 しばし庭仕事をした後で、ケヤキの木の下でしゃべっていると、なんだか来年の秋、和歌山か四万十川でリバーツーリングをする話になった。
 あんな怖いものを見た後なのに、「いいねえ・・川下り・・」とうっとりと計画を語り合ったことであった。

| 未分類 | 18:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

9月7日 祈祷会メッセージ

■使徒の働き7:1-53
■主題:神の導きと民の逆らい

■文脈
 偽りの法廷に立たされたステパノは、イスラエルの歴史全体を振り返る、優れた説教を展開する。
 それは、6:13の「この人はこの聖なる所と律法とに逆らうことばを語るのをやめません。」という偽証に対するものであり、その中心は「あなたがたこそ、神とそのことばに逆らい続けているのではないか」というメッセージである。

■神の導きと逆らい
 神はアブラハムを召し出し、明確な約束を与えた。アブラハムは信仰によって旅立ち、神の時を待つ。イサク・ヤコブへと時代は移り、イスラエル12部族の先祖が生まれる。(2-8節)
 しかし、族長たちは弟ヨセフを憎み、エジプトに売り飛ばす。けれど神は彼を祝福で満たす。(9-16節)
 イスラエルの民はエジプトで増え広がるが、隷従を強いられる。
 モーセが民を救おうと立ち上がるが、民は彼を受け入れず、彼はエジプトを去る。(17-29節)
 さらに神に召されてモーセはイスラエルの民を率いてエジプトを脱出する。だが、民は彼に逆らい偶像礼拝にふける。(30-43節)
 このようにイスラエルの先祖たちは、過ちを反逆を繰り返した。

■「聖なるところ」の勘違い
 さらにステパノは、ダビデ・ソロモンによる神殿に言及し、神殿を偶像化する祭司らの誤りを正す。(44-50節)
 神殿が聖なのではない。あがめられる神が聖なる方なのである。

■私たちはどうか
 神は一人一人の人生において、導きを与えてくださる。しかし、私たちもまた、イスラエルの先祖のように、高ぶり、逆らうものではないか。
 ステパノは、神のみこころのままに生き、輝かしい歩みをした。
 二つの生き方が、私たちにも問われている。

| 未分類 | 21:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

台風チェック

 猛烈な風が吹いている。(19時現在)
 げんちゃんから、台風情報のURLを頂いたので、公開しますね。


 西日本のアメダス観測点の1時間降水量


 風向風速
 矢印は風向 (岡山は南東の風になっていますね)
        数字は風速 m/s は10メートル以上


 レーダー図
  は警報クラスの強い雨の区域


 台風予想進路図
 予想円内の日付の数字の左端を結べば
           予想進路が直線で見られます

| 未分類 | 19:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

南東の風?

 昨日の仕上げをするべく、屋根に上ったり脚立に乗ったりして、コーキングガンで充填剤を注入して回った。

 そこへ、ポケットのPHS子機にげんちゃんから電話があり、詳細な台風情報をゲットした。げんちゃんは元気象観測官である。今夜半から明け方にかけて、雨風ともに強いが、風向きは南東であるとのこと。
 脚立から落ちそうなほどホッとした。

 西北西の雨風をもっとも恐れていたからである。
 今夜は礼拝堂にキャンプ用ベッドをおいて寝ようかと思っていたが、そこまでしなくてもよさそうである。
576_1.jpg

 南側の木製窓枠に充填剤でシーリングを施し、二階窓枠隅の穴もふさいだ。春は小鳥さんたちの巣穴になり、室内から眺めるのは楽しいのだが、実際に外からのぞいてみるととても大きな穴だったので驚いた。
 こうもりさんもここから出入りしているのではあるまいか。

 窓枠の木部を点検しながら思ったことは、やはり塗料での補強が必要だ、ということである。
 長いはしごをかければ、最高部でも手が届くだろう。
 ただ窓ガラスのマスキングがやっかいそうだ。(窓ガラスは約180枚はある・・。)

 いつかは建て直す会堂であるが、最後にもう一度きれいにしてやりたい。
 窓枠、何色がいいかなあ。

| 未分類 | 13:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2005年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年10月

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。