2009年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年11月

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今日のつぶやきのまとめ。

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09:00 今朝の聖書 詩篇137:1「バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思いだして泣いた。」⇒捕囚の地で故郷を思い泣く詩人。それはかつての繁栄を懐かしむだけではない。神との平和を慕い求める故。今、神との絆の中に生きれる幸い。

09:29 教会の女性が掃除中にハチに刺されてしまった。二度目ということで、念のため病院へ。事なきを得てほっとしているところ。

09:30 ハチの見分け方⇒www.kinkishoudoku.co.jp/syashin/newpage8.html

09:31 ハチに刺されたら⇒bit.ly/3Ji1h3

09:31 アナフィラキシーについて⇒www.jaanet.org/topics2004anaphylaxis/

09:32 今までは教会内にハチがいても、「あ、いるな。」くらいだったけど、これからは駆除の方向で。

12:08 朝の祈祷会が終わったところ。いろんな気持ちと祈りを持ち寄るこの時間、好きです。

13:21 今日は燐室で、アドベントカレンダーの打ち合わせがされています。いいのができるといいですね~。

13:26 @resettle わたしも今日のランチ、サンパチ弁当でした。写真、いいアングルですね。今度教会の庭でオフ会ランチしましょう。

16:22 なにかと便利なTwitterですが、一番の課題はログが残せないこと。そこで、とうとうブログへの自動記事化を試みることにしましたよ。bit.ly/gZBcg

16:38 FC2ブログで同じことをしようとする方は、loudtwitterのsettingでATOM APIではなくて、「XMLRPC posting configuration」の設定をすること。

16:38 FC2ブログのXMLRPCは⇒bit.ly/Ie1HD

18:47 妻を迎えに駅に来ているところ。家の掃除しておこうと、あれほど思ってたのに...。

19:23 台所で音がする。家の中がいつのまにかてきぱきと片付いていく。どの部屋も、なんだか息を吹き返したように温かみを取り戻している。ここは家庭なのだ。妻の存在の大きさ。

20:13 ちょこっとうれしい発見 LISMO port ver.4は、CDの曲を直接携帯電話にコピーしてくれるんですね。

20:14 すごくうれしい発見 市立図書館の児童書コーナーで、アーサーランサムの全集を発見。子どもの時読んだきりで、手元に無い巻が、これからはいつでも読める~!

20:38 @JohnPiper Amen!! そう、今日は宗教改革記念日です。 twitter.com/JohnPiper/status/5305252235

--------------automatically shipped by LoudTwitter
この記事は、つぶやき一日分を自動投稿したものです。
May God bless Your This New Day!----------------
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| いい一日でした。 | 23:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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Hさんからの質問。「蛇のようにさとく」って、ずる賢くなれということですか?

「教えて!牧師さん 2」

 Hさん、質問ありがとうございます。

 マタイによる福音書10:16についての質問ですね。
 「ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。」

 Hさんが「蛇のように」ということばに違和感を感じたのは、聖書の中で「蛇の賢さ」は悪魔の「狡猾さ」(創世記3:1)を連想されるからですね。

 しかし、マタイ10:16の「さとく」という言葉の原語のギリシャ語には、狡猾さという意味はありません。
 「賢明」「思慮深い」「賢い」「抜け目ない」と他の個所では訳されています。

 ここで、あえて聖書が「蛇のように」というたとえを持ち出しているのは、やはりそれだけこの世の中に悪い意味での蛇の賢さ(狡猾さ)がまん延しているから、だと思います。16節の前半では、「わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものなのです。」と書かれていますね。
 そういう世の中にあって、クリスチャンも単にお人好しであってはならない。善悪を見極めて、筋を通すべきところは通していく。策略にみすみす巻き込まれたりしないよう注意するべきでしょう。
 そのような意味で、狡猾な知恵を見抜くだけの賢明さ、思慮深さが求められるのです。

 しかし、「賢さ」と「素直さ」を両立させることは簡単なことではありませんね。ここで求められているのは、「疑り深さ」とは別種の知恵であり、きよい知性とでも言えるものです。
 おかしな言い方になるかもしれませんが、「きよい知性」は、「あえてだまされること」(1コリント6:7)を決断したりもするのです。
 ただ、だまされていい場合と、だまされていけない場合をきちんとわきまえることができるのです。

 何が神のみこころにかなったことなのか。
 何が真に善いことなのか。
 何が本当に相手のためか。


 そういうことを「きよい知性」は考えます。この場合のものさしは、「聖書」であり「愛」です。

 「何が得なのか。」「どうすれば人から嫌われずにすむか。」「どうしたら、自分を拡大できるか。」を第一に考えるのがこの世の知恵です。この場合のものさしは、「自分」であり、「プライド」や「世間体」、「欲」です。

 ローマ人への手紙16:19にはこんなことばもあります。
 「あなたがたの従順はすべての人に知られているので、私はあなたがたのことを喜んでいます。
 しかし、私は、あなたがたが善にはさとく、悪にはうとくあってほしい、と望んでいます。」

 今回のような質問をしてくださるとういことは、Hさんが純粋な方だからだと思います。
 どうぞその純粋さに加えて、御一緒にきよい知恵を求めてまいりましょう。

 そのためにするべきことは、
 1.神に知恵を求めて祈ること。(ヤコブ1:5-8)
 2.聖書に親しむこと。(2テモテ3:16-17)


 だと思います。

 またいつでもご質問ください。

| 教えて!牧師さん。 | 16:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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夏の名残り

091028_155539PENTAX K10D

 教会の庭で、夏の名残りを見つけました。

 こないだShi-ton氏の記事で、ジョウビタキが今年も時を違えず現れた、と書かれてありました。
 そういえば、先日のオリオン座流星群も、毎年同じ時期に出現しますね。あれは、3000年前のハレー彗星の名残りだそうです。

 自然界は規則正しくて、そして緻密です。

 その一つ一つを創造された神が私と共に居て下さることを思う時、私は今日という一日や、これからの人生に、感謝と希望を感じずにはいられないのです。

| いい一日でした。 | 17:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ダムを撤去して、渓流を取り戻す。

dam.jpg

 今朝の新聞の写真に目がとまりました。
 「こんなことがあったらいいなぁ。でもできないだろうなぁ。」と思っていた光景です。

 一度作ったダムを壊して自然を取り戻すというのは、大変な労力がいることでしょう。
 小規模ながらも、そういう取り組みがなされていることをうれしく思います。

 私が子どもの頃、川は遊び場でした。
 しかし、今はふるさとの川で泳ぐ子どもはいません。
 水は濁り、岸はコンクリートになってしまいました。

 この25年程の間に、川の自然は徹底的に破壊されてきたように思います。
 おそらく、ダムだけではなく、放置されている広範囲の人工林にも問題はあると思います。

 自分で自分の首を絞めていたことに気付き始めた私たちの、ささやかな再生へのチャレンジを、記事の写真は表わしているかに思えました。

 ※読売新聞の記事朝日新聞の記事毎日新聞の記事PJNews
 ※ダムと環境(wikipedia)

| 未分類 | 14:41 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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秋の沢登り 十方山・ウラオレ谷(1,318m/広島県)


 Suzukiさんと、高速1000円遠征ということで、日曜日の夜出発で、広島県の十方山に行ってきました。
 広島の山は初めてだったので、地形図サービスで十方山を探すのに苦労しました。
 広島でも、結構西の方ですよ。(二万五千図では「戸河内」になります)

 ウラオレ谷というのが、なぜそんな名前なのかもまだ未調査ですが、どうやらなかなか楽しめそうだ、ということで出かけてきました。

 那須という集落に向かう細い道路では、角を曲がるごとにタヌキが走っていて、なにやらケモノたちの手に陥ったのではないか、と錯覚しましたが、無事集落に着き、さらにどこまでも林道を走った突き当たりにテントを張りました。

 アスファルトの上に張ったので、寝心地は十分。朝までぐっすり寝ましたが、夜半は雨が強くバタバタという雨音に一度起こされました。

 朝起きると雨も上がり、0℃~10℃対応のシュラフがちょうど心地よく、くるまって読書などしていると、「別に山に登らなくても、一日こうしてもいいなぁ」と思ったりして・・・。
 いえ、山登りは好きですが、ソロテントのシュラフタイムって、本当にいいものですよね。

 さて、久しぶりのサワタビを履いて、登攀具、ザイルも背負っていよいよ入渓。(調べてみると、6月以来でしたよ。)
 
091026_083438PENTAX K10D

 明るい沢で、歩きやすかったです。曇りでしたが、紅葉も十分楽しめました。
 水もそんなに冷たくなく、ひざ丈パンツにサワタビという足が一部露出する装束でしたが、問題なくジャブジャブ歩けました。

 そう言えば先日好日○荘に行ったら、沢登りグッズのコーナーみたいなのがありましたね。本格的な装備を岡山でも買われる方があるんですね。
 私は、普通の山歩きスタイルにハーネス・ホームセンターで買ったヘルメット、モンベルのサワタビ・サワラジという装備です。
 Suzukiさんに至っては、ハーネスはシュリンゲで代用しており、ヘルメットとザックがなければ、角のタバコ屋に行くようなスタイルです。沢登りをするのにちっとも服が濡れないのは、何かの術を使っているのでしょう。

091026_094628PENTAX K10D

 便利な時代で、「十方山 沢登り」とか「ウラオレ谷 遡行」などで検索すれば、いろいろなサイトが情報を提供してくれています。

 紅葉の色が溶け込んだ、沢の流れの中に立つと、自分も秋の一部になれた気になります。
 
091026_094959PENTAX K10D

 ザイルの出番は、ありませんでしたが、三つ連続した滝の真中は巻きました。

091026_095447PENTAX K10D

 Suzukiさんのルートファインディングはさすがです。
 どこから登ろうかな、と私が目をウロウロさせている間にすいすい登っていきます。

091026_100216PENTAX K10D

 この滝は右側を登りました。

091026_100233PENTAX K10D

 こうやって、上から見下ろすと、滝はたとい登れても、下れるとは限らない、と納得させられます。

091026_101123PENTAX K10D

 このあたりから、沢も小さくなってきて、滝もなさそうなので、山頂を目指す登山道に向けて尾根に取りつきます。
 コンパスをセットして、ほぼ狙い通りのポイントで登山道にアクセスできましたよ。ここでややいい気になってしまいました

091026_111941PENTAX K10D2

 登山道に出てからは快適な尾根歩きです。
 ふかふかの落ち葉の道を忍者のごとくスタスタ歩けば、コースタイムの倍の速さで山頂へ。
 ますますいい気になります。

 ガスの中なので、今回は山頂からの展望はおあずけ。
 冷たい風が吹きつけますが、熱いカップヌードルが余計美味しく感じられます。
 コロ・チャーは、以前の「謎肉」よりも好ましい歯ごたえがあり、カップヌードルの魅力を減じるものではないことが判明し、ほっとしたことでした。

 コロ・チャーの余韻にひたっているとSuzukiさんが、「Stephanさんは速過ぎるから、先に降りようるよ。」と先に出発。
 数分遅れて、私も軽やかに早歩きで出発・・・・・したのは良かったのですが、間違えてしまったんですよ、ルートを
 
tmed.jpg
(赤いルートで下りてしまいました。)

 来る時にとっとこ駈けるようにして登ってきたので、あまり景色を良く見ていなくて、「あれ・・?こんな道だったっけ・・」と思いつつ歩きました。
 念のため、と歩きながらコンパスを見ればちゃんと東を指しています。やっぱり合っているのか、とさらに加速。しかしそこから道はしだいに北に向かっていたのです。
 しっかり標高150メートルは下ったところで、別のパーティーに遭遇。
 「先に一人降りてきましたか?」と尋ねると「誰も来てませんよ。」との返事。ここでルートを違えたことに気づきました。
 一瞬青ざめましたが、そこはクリスチャンの特権。「神様・・・」と一言つぶやくと、気持ちが落ち着きました。羅臼で学んだ心の特効薬です。(それにしてもよく迷う私だ・・。)

 教訓 「おかしいと思ったら立ち止まろう。コンパスと地形図、両方で確認。」

 Suzukiさんに連絡を入れて、山頂に登り返して後を追います。時間にゆとりがあったのも幸いでした。
 「いろいろいい気になっていた」、「後を追わなくちゃと急いだ」、「コロ・チャーが美味しかった」など理由はいくつかあると思いますが、ともかく反省したいと思います。
 位置確認の数十秒を惜しんだせいで、数十分をロスしてしまいました。
 
091026_140410PENTAX K10D

 下山後は、下道と通勤割引をセコク効果的に駆使して帰って来ましたよ。
 
 十方山、広島では人気の山だそうですが、確かにブナ林やなだらかな主稜線など、いろいろ楽しめそうな山のように感じました。
 山頂にかなり近い地点で、南に流れる沢が登山道を横切っていました。うまくすれば、山頂直下(恐らく1,270m付近)までの遡行が可能なのかもしれません。
 
091026_135216PENTAX K10D

| Outdoor | 20:51 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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初めてのコロ・チャー

20091026120948
いつもはコープヌードルなのでした。
Saito Ryuji[au]

| 名称未設定_14 | 12:09 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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もうクリスマス~



 礼拝後は、クリスマス実行委員会が持たれました。
 もう、クリスマスの準備を始めるのですよ。

 チラシの作製やら、クッキー作りやら、リース作りに駐車場係まで。
 たくさんの人たちに教会に訪れて頂けるように。来られた人たちに、心に何か暖かなものを受け止めて頂けるように、色々と話し合いをいたしました。

 良い話し合いができて、うれしかったです。何よりみなさん積極的。
 クリスマス~元旦礼拝~教会総会、と私にとっては長い師走の始まりですが、この教会のみなさんと一緒ならきっといい時を過ごせるのだと思います。
 感謝。

 ちなみに山陽教会の今年の主なクリスマスイベントは・・・

 12月12日(土)13:30~ 「ジョイクリスマス」子どものためのクリスマス
 12月19日(土)午後(詳細未定) 「赤磐医師会病院キャロリング」病院でクリスマス
 12月20日(日)10:30~ 「クリスマス礼拝」 午後「クリスマス祝会」みんなでクリスマス!
 12月24日(木)19:00~ 「クリスマスイブ礼拝」 キャンドルとビオラ。静かなクリスマス。

 どなたでも歓迎です~。

   『御使いは彼らに言った。
   「恐れることはありません。今、私はこの民全体のための
   すばらしい喜びを知らせに来たのです。
   きょうダビデの町で、あなたがたのために、
   救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」』 ルカ2:10-11

| いい一日でした。 | 18:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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クリスマス劇台本 「いちばんのおくりもの」(仮題) 2

■第三幕 迷える魂

(ジャックとマリイの部屋。ジャックは椅子に座り、すでに酔っている。)
マリイ「ただいま。おとうさん。」
ジャック「ただいま、だと?どこをほっつきまわってたんだ!さっさと飯をつくれ!」
マリイ「ごめんなさい。すぐします。」(エプロンをつけて流しに向かう)
ジャック「それと、何だ、今日はその、給料が出る日だろう。」
マリイ「そ、そうだけど。(ポケットからコインを出して見せる)これはクリスマスに・・・。」
ジャック「うるせぇ!飯を作ったら、酒だ。酒を買ってこい。何がクリスマスだ。何がキリストだ。そんなもん嘘っぱちだ。」
マリイ「お父さん。クリスマスはちゃんとお祝いしましょう。天国のお母さんだって、きっと」
ジャック「か、母さんのことを口にするな!(酒びんをけとばす。マリイおびえる。)ちきしょう、何がキリストだ。キリストがいるんなら、なんでエレンを奪ったんだ。」(最後はどなり声)
マリイ「お父さん。辛い時はお祈りしましょう。牧師様がそう教えてくれたわ。」
ジャック「お祈りだと!口ばっかり母さんに似てきやがって!どけ!」(コインをうばって退場)
マリイ「(涙ぐむ)・・・神様。いつもありがとうございます。お父さんのこと、赦して下さい。お父さんは、とってもさみしいんです。それでお酒を飲んでしまうんです。お父さんがお酒を止めることができますように。神様がどんなに素晴らしい方か、お父さんに教えてあげて下さい。お願いします。この祈りをとうとい主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」
 (幕閉じる)

■第四幕 種が芽生える時

 (教会の中で牧師が祈りをささげいる、マッチ売りの男、おそるおそる入ってくる)
マ「あの~、誰かいますか?」
牧「おや、いらっしゃい。どうなさいましたか?」
マ「いや、その、俺みたいな男が来るところじゃねえとは思うんだけど、最近出来た友達が、っていっても子どもなんだけど、パンをいつもくれて、それでレイハイっていうのに行ってみろって言うんで。まぁ、その・・」
牧「あなたは二つの思い違いをしていますよ。第一に礼拝は日曜日です。今日は金曜日ですから、礼拝は明後日です。第二に、教会は誰がきてもいい場所です。心から歓迎しますよ。」
マ「エヘヘ」(照れくさそうに頭をかく)
牧「そうですか。また、マリイが友達を連れてきたわけですね。」
マ「また、ってことは。」
牧「あの子は不思議な子です。(遠い目)死んだ母親にそっくりです。子どもなのに、身よりの無いお年寄りや、貧しい人たちに親切にしてやるので、マリイにさそわれて、いろんな人が教会に来るようになったんですよ。」
マ「その、母親っていうのはどうして死んじまったんですか?」
牧「それが、町のお医者さんにも分からない病気です。ある日変な咳をし始めて、熱が出たとおもったら数日の内に死んでしまったのです。まだあの子が赤ちゃんのころのことです。」
マ「そうですか・・・、あの子も苦労してるんですねぇ。」
牧「いや、本当に苦しいのは、あの子ではなく父親のジャックでしょう・・・。自分でもどう生きていったらいいのか、分からないのでしょう。」
マ「分からねぇなぁ。マリイが一緒にいりゃぁ、心が明るくなるはずなのになぁ。」
牧「闇は光に打ち勝つことはできません。マリイの心の輝きは、きっとジャックの心を照らす日が来るでしょう。」
マ「へー、牧師さんかっこいいこと言うねぇ。気に入ったよ。また日曜日、きてやっから。」
牧「ちょうど私も出かけるところでした。どれ、そこまで一緒にいきますか。」
 (二人退場)

| 未分類 | 18:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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なつさんからの質問。 「どうして、レビ記の神へのささげもののパンにはパン種を入れてはいけないんですか?」

 マニアックな御質問ありがとうございます。

 下記の聖句ですね。

「あなたがたが主にささげる穀物のささげ物はみな、パン種を入れて作ってはならない。
 パン種や蜜は、少しでも、主への火によるささげ物として焼いて煙にしてはならないからである。」
  レビ記2:11


 旧約聖書時代の、神へのささげもののパンには確かにパン種はNGだったようですね。

 (補記:KIBIさんご質問ありがとうございます。23:15-21の「初穂の祭り」(ペンテコステ)の時のような感謝のささげもののパンはパン種を入れていますね。これは、上の全焼のいけにえとは区別されます。初穂の祭りのパンは、焼き尽くされず、祭司が食べることになります。柔らかいパンを食べながら、収穫の主に感謝したのではないでしょうか。)

 旧約聖書における「いけにえ・ささげもの」は、民の神への心が問われているわけで、たくさんささげればいいとかそういうものではありません。
 イースト菌や蜜を入れたパンは、入れないパンに比べて腐敗が早いそうです。(どうせ焼いてしまうささげ物なので、消費期限には問題ないのですが・・)
 混ぜ物をしたせいで、一見良いものになったようで、実は純度が失われてしまった、というようなことが言えるでしょう。(正確には、イースト菌そのものではなく、イースト菌とともに用いる糖分に腐敗促進の要素があるようです。Yasushi氏談)

 一方で13節には塩は用いるように、とあるように塩の持つ清めと保存の働きが重要視されているのでしょう。

 イエス・キリスト以降、ささげものは無くなりましたが、神が民に望まれる志は変わらないと思います。
 まじりけのない思いを、神はことのほか喜ばれる方なのですね。

 たとえば、新約聖書でパウロは・・

「ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、
 パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか。」
   第一コリント5:8


 うわべよりも、心が大切、ということですね。

 また、ご質問お待ちしています~。

| 教えて!牧師さん。 | 18:33 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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クリスマス劇台本 「いちばんのおくりもの」(仮題)


 ジャック・・・Toshio
 マリイ・・・月影あかり
 牧 師・・・Dais-K
 医 師・・・Shi-ton
 マッチ売り・・・Stephan
 老婦人・・・未定
 天 使・・・ちーとっと
 他  ・・・未定

■第一幕 小さな天使と老婦人

 (冬の夕方。貧しい小さな家の中で、身よりの無い老婦人が、窓の外を眺めている。)
老「おお、寒い。木枯らしが吹いているよ。日が暮れるのが早くなったね。」
 (窓を閉めて、椅子に向かう。足が痛み、ひきずっている。)
老「よっこらしょ・・・。冬になると、痛みがひどいね・・。年を取ると、ろくなことがないねぇ。」
 (しんどそうに足をさする。)
老「でも、そろそろあの子が来る時間だ。」
マリイ「(トントン)おばあちゃん!私よ。マリイよ。」
 (駆けてきたマリイ、息をはずませている。パンの入ったかごを持っている。)
老「おはいり。お前さんだけだよ。こんな私のことを忘れずにいてくれるのは。」
マリイ「(笑顔で応える。) おばあちゃん。足が痛むの。」
老「ああ、痛いねぇ。」
マリイ「さすってあげる。」(ひざまづいて、靴を脱がせる。)
老「あれまぁ。そんなことをしてくれるのかい。ああ、お前の手はあったかいねぇ。」
マリイ「ジョンソンさんのお店から走って来たのよ。」
老「かわいそうに。お前くらいの子どもはみんな、学校が終わったら、スケートをして遊んでいるというのに。」
マリイ「わたし、お店のお仕事好きよ。それに、売り物のパンが残ったら、もらえるし。ジャーン。(かごからパンを出す。)これは、おばあちゃんの分よ。」
老「いつもいつも悪いねぇ。・・あんたを見ていると、死んだあんたのお母さんを思い出すよ。天使のような優しい人じゃった。あんまり心がきよらかな人じゃったから、神様が早くお呼びになったのかねぇ。(涙ぐむ)」
マリイ「え!私お母さんに似てる?」
老「ああ、そっくりだよ。」
マリイ「じゃあわたし、天国に行っても、誰がお母さんか分かるわ。私に似ている人を探したらいいのね。」
老「ああ。そうだね。さぁ、もうお帰り。遅くなるとまたあのおやじさんに叱られるよ。」
マリイ「分かったわ。じゃあ、おばあちゃん、また日曜日に教会でね!」
 (マリイ出ていく。老婦人は手を組み祈る。)
老「神様。あんな天使のような子を、私のところに遣わして下さり感謝します・・・。」
 (幕)

■第二幕 小さな天使とマッチ売りの男

 (道端でマッチ売りのみすぼらしい男が座り、道行く人にマッチを売ろうとしている。)
男「マッチはいりませんか?パッと火がつく上等なマッチですよ~。マッチはいかがですか?ああ、ちっとも売れないなぁ。なんて寒いんだろう。お腹がすいたなぁ。もう、なんだか生きているのが嫌になったなぁ。このまま、ここで眠ってしまったら、夜の内に凍えて死ねるかなぁ。このマッチに火をつけてしまえば、少しは温かくなるかなぁ。」
 (マッチを束にして火をつけようとするところへ、マリイが通りかかる。)
マ「ちょっと。おじさん、何やってるの。それ売り物でしょう。」
男「おじょうちゃん。おじさんはね。もう生きていくのが疲れたんだよ。せめて死ぬ前にちょっとだけでも暖かい思いをしたくてね。」
マ「おじちゃん、きっとお腹が空いているのね。」
男「ああ、ぺこぺこだよ。」
マ「じゃぁ、これをあげる。」(籠の中のパンを与える)
男「いいのかい。これはおじょうちゃんや、家の人の分だろ。」
マ「いいの。お店で毎日もらえるから。そうだ、明日も持ってきてあげるわ。だから、死ぬなんて言わないで。」
男「分かったよ。分かったよ。これ、お礼に取っといてくれよ。」(マッチ何箱か差し出す)
マ「わぁ、ありがとう。これ、教会に持って行くわ。もうすぐクリスマスでしょう。たくさんのろうそくを飾るの。マッチもきっと必要だわ。そうだ、おじちゃんも教会に来たらいいわ。」
男「お、俺はいいよ。俺なんか行ったら、みんな迷惑だよ。」
マ「そんなことない。教会は誰が来てもいいの。イエス様がお生まれになったのは、おじちゃんのためなのよ。」
男「何だか、ありがたいこと言ってくれるなぁ。わかった。考えてみるよ。それよりも、明日のパンも、よかったら頼むよ。」
マ「約束する。じゃぁね」(退場)
男「変だなぁ。なんだか心がポカポカするぞ。人生って、捨てたもんじゃないなぁ。」(退場)

| 未分類 | 20:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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いたずら電話

DSCF4911_1_.jpg

 神学校時代の友人に電話をしました。
 私はこういう時に、いつもついイタズラをしてしまう、という悪い癖があります。

友「はい、湘南○○教会ですけど。」
Ste「あの・・・質問があるんですけど。」
友「はい、どうぞ。」
Ste「キリスト教では、民主党と自民党、どっちを応援しているんですか?」
友「あ、Stephanさんですね。久しぶりです。」
Ste「あ・・・どうもどうも。」

 あっさり見破られてしまいました。
 元技術者の彼は、いつも冷静沈着です。

 でも、考えてみると、最近この手のいたずらが成功したためしはありません。

友「はい、中山○○教会です。」
Ste「あの・・・質問があるんですけど。」
友「はい、どうぞ。」
Ste「○×◆■★」(内容は忘れたけど、政治かサイエンスに関する難しい議論を吹っ掛けたはず)
友「それについては、不勉強ですぐにお答えできません。お調べしたいと思いますので、ご連絡先を教えて頂けますか。」
Ste「・・・ごめん。僕です僕・・・。」(相手の誠実な対応に、気おくれして、いたずらだと言いにくくなっている。)
友「ああ、Stephan君か・・・・。」
Ste「・・ごめん・・・・」

友「はい、※※(忘れた)教会です。」
Ste「あの・・・質問があるんですけど。」
友「はい、どうぞ。」
Ste「新改訳の第三版の約語についてですが、かくかくしかじか」
友「あ、それはですね。本来ヘブル語では※※※(すごく正確に説明し始め、こちらの知識を凌駕していることが判明)」
Ste「あ、ごめんなさい。僕です。僕です。」
友「ああ、Stephanさんでしたか。それで、※※※・・・」
Ste「あ、いや、もういいから・・・。」

 うーん、こうして書いてみると、結局いつもわたしがオタオタするパターンですね。
 気づけば仲間たちもどんどん立派な働き手になっていっているわけです。
 いつまでも子供じみたいたずらするのはよそう、と思ったことでした。

| いい一日でした。 | 18:21 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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山に行かない月曜日にすること

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○したこと
-出しっぱなしにしていた、一人用テントなどの片づけ
-牧師館の庭木の剪定(途中)←シザーハンズを観た直後だったので気合が入りました。
-近所の人といろいろお話。←休日、いつもいないので久しぶりでした。
-ほったらかしにしていたセーリングカヌー、自分で担げるかチェック。(OK!)そろそろ始動せねば。
-自転車のサドルの取りつけ金具調達。←後述
-ミドレンジャーカップルからもらったパタゴニアのベルトの長さ調整←うれしい。

×保留事項
-台所水漏れ修理
-剪定続き
-蛍光灯取り換え(暗い・・)

 うーん、優先順位を間違えているなぁ。いつものことながら・・。

 さて、サドルについて。
 前回台無しにしたものの代わりを見つけましたよ。
 
 残念ながらIdealeのものは手に入りませんでした。
 高いんだもん・・・。
 
 BROOKSのB17という革の中古サドルです。
 で、取り付けようと思ったら、取り付ける金具(ヤグラ)が無いんですよね。
 なのでIdealeのヤグラを使っていたのですが、うまく止まりません。
 走っていると、クキッとサドルが傾くのです。

 で、今日は自転車屋さんに。
 余っているヤグラをタダでもらいました。わーい。

 そんなわけで、サドルも安定。
 すごく快適で~す。

| いい一日でした。 | 19:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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「誰なら、そいつは!」 -義父召天-

 義父が天に召されました。

 10月14日明け方、心筋梗塞でした。
 寝たきりになって久しく、やっと楽になれなのだなぁという印象です。
 寝たきりになるまえ、児島聖約キリスト教会で、今までの罪を悔い改めて、キリストを信じる告白を牧師にしているので、私としては寂しさの中にも希望があります。

 通夜の夜、義母や義兄家族と色々と義父の思い出話に花を咲かせたことでした。
 義父はとにかく働き者だったそうです。
 家族を養うために、進学させるために、休むことなく働き続けたそうです。
 しつけは厳しく、たくさん殴られた義兄もあれば、体が弱くしっかりといたわられた義兄もおり、不器用だけど父親としての役割を力一杯に果たそうとした生きざまが伝わってきました。

 若くして結婚した義母を自転車に乗せて、町まで(当時児島には映画館があったとか)デートしたことなどを、義母も楽しげに語ってくれました。

 私が義父と初めて会った時には、すでに脳梗塞を患った後で、穏やかなやさしい男性、というイメージでした。実際に可愛がっていただいたと思います。
 しかし、実は義父が私に対して怒ったことがある、というのを後で知りました。

 それは、私が初めて妻の家に挨拶に伺う日の直前のこと。
 妻が、「実は結婚したい人がいる・・」とあらかじめ義父に告げた時です。
 義父は突然怒り出し、「誰なら、そいつは!」と叫んだのです。
 末娘を連れていく男に対して、怒りが爆発したわけです。ああ、その場に居なくてよかった・・。

 けれど後日私があいさつに伺った時は、ただ黙って承諾して下さいました。
 でもあの時、本当はとっても寂しかったのではなかったかな、と思います。

 私は後でその話を聞いた時、なんだかとてもうれしかったのです。
 それほどまでに妻のことを愛していて下さったのだな、と。

 お義父さん。
 今は、神様のそばで安らいでいらっしゃるんですね。
 大切な娘さんを、私なりに愛し続けていきますね。私は頼りない男ですが、神様が御一緒なので、大丈夫と思います。
 そして、お義母さんのことも大切にしますね。
 お義父さんが大切にした家族みんなの絆のために、助けとなれるよう、私なりにがんばりますね。

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青年会で龍之口山

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礼拝後、青年会有志で山歩き。
天気も良く、快適なハイクとなりました。

山頂でランチの後、ポコペン。下山は今度の劇の発声練習をしつつ下りました。

感謝。

| 未分類 | 16:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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こんな感じです。ジョイクラブ(10月)。

 cahcapさんが写真を送って下さったので、今日は毎月やっているジョイクラブの様子をちょっと紹介しますね。



 ゲームタイム。
 今日はハンカチ落とし。盛り上がっています。
 ここのところ新作ゲームを連発していましたが、やはり伝統的なゲームの魅力にはかないません。
 だるまさんがころんだも、毎月やっても子どもたちは飽きません。

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 これは、さんびかを歌っているところ。
 今日の聖書のお話しに関連して、イエス・キリストの十字架の愛に関係する歌を歌っています。

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 聖書のおはなし。
 子どもたちが理解できること、そして自分で考えて納得できることが大切だと思います。

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 クッキングの担当はドレミさん。
 まずは手洗いの説明。これは、毎回きちんとします。

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 クッキングタイム。
 ドレミさんがきちんと準備してくれているので、小さな子でも作業できて、おいしいおやつが出来ます。
 男の子も、女の子も、この時間が大好きです。

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 今日は、スウィートポテトです。
 さつまいもは、Komoto農園のものですよ。感謝。

 オーブンで焼いてもらいます。
 子どもたちは、その間、教会の二階や庭で自由遊び。

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 わるいぼくし が あらわれた !

  ⇒たたかう
    どうぐ
    にげる

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 わるいぼくし を たおした !!

DSCF5848_1_.jpg

 いつも気付かないうちに、お名前シールを貼られています。

 遊んでいる内に「出来たよー!」の声。
 みんなでいそいで手を洗ってテーブルにつきます。
 すごく幸せな瞬間。

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 できたてのおやつはいつだって最高においしいのです。

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 二時間はあっという間。最後にちょっとだけ遊んで、さようなら。

※ジョイクラブは、毎月一回土曜日に開催されている無料の子どもイベントです。
 子どもたちが聖書を学べる場、良質の楽しみを味わえる場として教会員有志によって運営されています。
 どなたでも歓迎ですよ~。

| いい一日でした。 | 21:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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10月のジョイクラブ


| 各種ご案内 | 15:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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秋のファミリーハイク 三平山(1,009m/真庭市)

 祝日の月曜ということで、子ども5人、大人6人のファミリーハイク。
 今回は、手軽で眺望抜群の三平山に登ることにしました。



 いい天気でした。
 龍ノ口山くらいの手軽さで登れてしまいます。

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 山頂からは、大山・烏ヶ山他、360度の展望が楽しめますが、子どもたちはそれよりもササやぶの中のかくれんぼ遊びに興じていました。楽しかったです。

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 集合写真のシャッターを切ってくださったのは、岡山の山メーリングリストのまっとおーるど氏。山頂でばったりお会いしたのです。
 私たちのTシャツは、一昨日東京で頂いて帰ったレア物。ミドレンジャーさん、改めておめでとうございます!

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 下山後、時間がまだまだあったのでドライブをして、とある渓谷へ。

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 冷たい水でがまん大会。

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 石垣を見つければ、クライミング。
 cahcap家の令嬢二人は、三点支持とか、ルートファインディングとかの基本がきっちりしています。さすが・・・。

 いろいろ遊んで、パーフェクトな一日になったと思いきや、帰り道はまさかの渋滞。
 恐るべし、高速1,000円効果。
 でも、楽しく歌など歌いながら帰ってきました。(cahcapさん運転ありがとうございました。)

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 今日もいい山でした。
 感謝。

| Outdoor | 21:03 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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宣教祈念礼拝



 1949年、日本にスウェーデン聖約教団から宣教師7名がはるばるやってきました。
 そして、岡山を中心にキリストを伝えました。

 1973年、旧赤磐郡山陽町(現赤磐市)に山陽聖約キリスト教会がスタートしました。

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 ↑開拓期に働かれた、入川牧師夫妻、ヨナソン宣教師。(30周年記念礼拝にて)

 そして36年の時が流れました。
 今日の宣教祈念礼拝では、あらためてこの出来事を振り返ることが出来て、幸いでした。

 この間、アジア・ラテンアメリカ・アフリカの各地でキリスト教は伝えられ続けてきました。
 しかし、日本だけはどれだけ宣教師たちが懸命に働いても、クリスチャン人口が1パーセントを超えることはありませんでした。

 地球上に残された最後の宣教地の一つが日本ではないかな、と思います。「日本の宣教は難しい」。それが、世界の常識になりました。
 宣教師たちも90年代に入ってから次第にリタイアしていき、次の宣教師が来ることはありませんでした。

 しかし2008年8月、久しぶりに新たな宣教師がスウェーデンからやってきました。
 
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 6歳の時から、ティーマ・シェイアクは宣教師になりたい、と願っていました。
 長いあいだ彼女は中央アフリカ・コンゴが自分の行き場所だと思っていました。
 しかし3年前に彼女はコンゴではなく日本に行く決断をしました。日本の方が助けを必要としている、と判断したからです。

 私は、彼女は素晴らしい決断をしたなぁと思います。
 こんなにやりがいのある働きが他にあるだろうか、と思うのです。
 日本人は、心の底で、愛と平安に飢え渇いています。そして聖書には答えがあります。
 「日本の宣教は難しい」とは、私は思いません。今のところはそうは思えません。がっかりする時はしょっちゅうですが、天秤にかけると、喜びの方がずっと大きいのです。

 「クリスチャンであること。」
 これは私にとって、その他のどんな事がらよりもエキサイティングな事実です。
 宣教師たちが運んでくれたミッション・スピリットは、確かに私の心の中に今日も燃えています。

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東京司式旅行・雑感

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・本当に運命的な出会いを屋久島でしたのだと思いました。素敵なカップル、素敵な家族と知り合えて、うれしいです。

・由緒あるホテルは、ロビーに座って書き物をしているだけで文化人になった気がします。洗練された作法で、お茶が出されたりすると、つかの間文豪にでもなった錯覚を覚えます。
 たとえ、書いている字が小学生低学年なみの汚い字でも。

・赤い40リットルのザックを背負ってクロークまで運んでくださった女性の後ろ姿に接待のプロフェッショナルを感じました。

・プロと言えば、新婦の同僚が私に、いかに新婦がパティシエとしてプロフェッショナルであるか、熱く語って下さった。
 友のことをそんな風に称えることのできる関わりもまた美しいと思いました。

・チャペルの進行担当の方もプロフェッショナル。短い時間にきっちりリハーサル。一分も無駄にしない。

・結婚式とはいいものだ。一組の男女の絆に、すべての目が注がれ、皆が真剣に祝福を願う。 そこに神の祝福を宣言するために私は呼ばれた。豊かな時間だった。

・短い私の説教の中心は、十字架の前で結婚したことを忘れないで、ということ。
 神の永遠の愛に信頼して祝福を受け止め続けて欲しい。

・「神」や「十字架」が無意味な用語にならないように、提示した条件どおり、教会に通ってくれた二人の判断と誠実がすごくうれしい。導きを引き受けて下さった浦安聖約キリスト教会の斉藤潔師には心から感謝したい。

・二人に向けてホテルからの贈り物として、新約聖書が用意されていた。ありがたい配慮でした。

・それにしても、ケーキカットの前に新婦がケーキをデコレートするとは思わなかった。

・そう言えば、牧師のカラーシャツは「ホテルの人」に見えるらしい。ガウンを脱いで預けていた上着を取りに行く間、お手洗いの場所を聞かれました。場所を知っていたので、お互い気まずい思いをせずにすみました。

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トーキョー

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 4年間も学生生活をしていたのに、東京のことはほとんど知りません。
 今日は水道橋から歩いて、東京ドームのお店で晩御飯。

 ビルから学生風の人たちが出てくるので、予備校かと思ったら日大のキャンパスでした。

 由緒ありそうな大きな教会があちこちにあって、何だかうれしかったです。

 友人Kは、相変わらず考え深くて親切でした。
 いかに私が恵まれた教会で、のびのび働いているかを思わされたことでしたよ。

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ZAMBERLAN "FUJIYAMA"



 夕食後、私がせっせと中古自転車に中古サドル(やっと見つけました)を取り付けるという緊急性の低い作業にいそしんでいると、妻がなにやらごそごそと作業をしています。

 サドルの調整をひとまず終えて家に入ってみると、妻は明日の私の東京行の準備をしてくれていたのでした。
 そう、私は明日・明後日と友人のミドレンジャー・カップルの結婚式の司式をするために、東京に行くのでした。私がしなくてはならない準備を、妻は黙ってしてくれていたのです。

 ミドレンジャー・カップルとは屋久島の宮之浦岳直下で出会いました。
 パタゴニアの鮮やかなグリーンのキャプリーン1のシャツを着たカップルに対して、翁岳(1,860m)登攀に成功した直後で変なテンションになっていた私が、「おっそろい~♪」と声をかけたのがきっかけでした。

 本来なら不振がられてもおかしくない言動ですが、ミドレンジャーカップルは山登りは初めてで(なのに屋久島テント縦走!)、山に登る人たちのテンションってこんな感じなのだ、と思い普通に接してくれてました。

 それがきっかけでネット上のやり取りが続き、ついに二人が結婚する運びに。
 わざわざ東京から司式を依頼してくれた友情に感謝しつつも、基本的にクリスチャンでない人の司式はしないことにしているので、とても心が痛みました。
 たとえば私の紹介する東京の教会で、聖書の学びを何回かして下さるなら、司式をすることは可能だけど・・・と提案すると、超多忙なはずの二人は快諾してくださり、結果的に私がお世話になった教会で5回程度の学びをすることになりました。
 これなら私も、神様の前にも責められることのない思いで、司式をすることができます。

 丁寧な二人は、先日わざわざ挨拶に来てくれました。
 Anneもそんな二人のことがうれしいのでしょう。今夜はせっせと司式用のガウンをたたんだり、アイロンをかけたりしてくれています。

 ありがたいなぁ、と感謝しつつ、私も妻のために何かしてあげようときょろきょろすると、玄関の登山靴が目に入りました。
 最近妻が履いている靴です。
 ザンバランのフジヤマ、と言えば昔から山をやっている人ならよくご存じのことでしょう。
 イタリアの登山靴メーカー、ザンバラン社が日本人向けに作った革製軽登山靴です。
 ソールが硬く、軽くて丈夫で、デザインも美しいです。
 昔山をやっていたという方が、もう使わないからと下さったのです。

 でも、履いてみると足首回りが痛いということで、妻は当分イオンで買ったコールマンの布靴を履いていました。
 が、最近になって靴下を二重にすればいいことが判明。妻は足首が細すぎるようです。
 ついでに靴にオイルを塗りこむことで、さらに具合が良くなってきました。

 そんなわけで、最近よく使われているこの靴を磨いてやろう、と思ったわけです。
 靴を磨いてみて分かったのですが、私はこういう作業が好きらしいです。
 手入れをすることで、革が生き生きしてくるのが分かって、なんだかうれしいですね。

 私の苦手な動き⇒たたむ、折る、書く、詰める
 私の好きな動き⇒塗る、すりこむ、こする、みがく

 つまり、単純な動きをひたすらするしかできないことが向いているようです。
 妻が実用的かつ高度な作業をしてくれている横で、せっせと靴をこすり続ける私なのでした。

| いい一日でした。 | 22:16 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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聖書のどこにその根拠があるのか。

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 今度の日曜日は、山陽教会の「宣教祈念礼拝」です。
 山陽教会が赤磐市にできて36年になります。
 これまでの歩みを感謝しつつ、日本と世界に目を向けていきたいものです。

 上の写真は、ピーター・パウロ・ワルデンストロム牧師。
 今から150年ほど昔、スウェーデンで聖約教団が生まれた時、中心的な役割を担った牧師でありウプサラ大学の教師でした。

 当時のスウェーデンはキリスト教国であり、教会が国の基礎でした。
 しかし、権力と伝統によって国教会の信仰は形骸化していったのです。
 その時、スウェーデン各地で自発的な聖書運動が起こりました。
 貧しい農村や漁村で、聖書を読み、黙想し、討論する単純で敬虔な群れが数多く生まれたのです。

 しかしスウェーデン議会は非国教徒集会禁止条例を成立させ、これらの集まりを弾圧しました。
 17世紀から18世紀に替わる頃の出来事です。

 しかし、これらの聖書運動は北欧の各地にも広がり、とどまることを知りませんでした。
 そんな中、ワルデンストロムが国教会との論争の時に語った言葉が、生まれつつある自由教会の合言葉になったのです。
 「聖書のどこにその根拠があるのか。」 というのが、それです。

 やがて1878年、ワルデンストロムに対して、国教会からの処罰が決まり、それに対して2万2千人の嘆願書が国王に提出されましたが却下。同年15万人の会員により、スウェーデン聖約教団が生まれました。
 そして、ただちに中央アフリカをはじめとする世界各国に宣教師を送り続けて現在に至ります。

 聖書にこそ権威といのちがあるのであって、利権や伝統には何の権威もないことを、冒頭のことばはみごとに言い表しています。

 すべてのクリスチャンの今日の歩みに対しても、同じ問いかけがなされるべきでしょう。

 「聖書のどこにその根拠があるのか。」

「聖書はすべて、神の霊感によるもので、
教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい
十分に整えられた者となるためです。」
第二テモテ3:16-18

| 未分類 | 21:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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まず祈ること。

 たくさんの喜びや悲しみ、失望や希望が訪れて、あっという間に一日が終わります。
 書きたい手紙や、訪れたい病室もあります。

 そして、雑多な事務作業。

 こういう時に大切なのは、まず祈ること。
 深呼吸をするように。
 頭にも、心にも、新鮮な空気が必要です。

 結局のところ。
 私の人生のすべては、神様の御手の中にあるのです。

「あなたがたには、あすのことはわからないのです。
あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。
あなたがたは、しばらくの間現れて、
それから消えてしまう霧にすぎません。
むしろ、あなたがたはこう言うべきです。
『主のみこころなら、私たちは生きていて、
このことを、または、あのことをしよう。』」
ヤコブ4:14-15

| いい一日でした。 | 21:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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蜘蛛と海ハイク 夕立受山(ゆうだちうけやま 209m/備前市)

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 朝起きたら、すでに朝ではありませんでした。
 だって昨夜寝たのは3時過ぎですから。

 で、今から登れる山・・と妻と相談。
 午後から雨がふってもおかしくない予報だったので、近場で手軽に登れる山を選定。
 備前市の笹尾山なる山に決めました。

 が、行ってみると登山口が見つかりません。
 ある意味、岡山の山は、北アルプス以上に難しかったりします。
 道が見つからないのですから・・。

 で、もはや山登りとは言えないかもしれませんが、夕立受山というきれいな名前の山の遊歩道を歩いて来ましたよ。

 名前の由来は、昔そこで雨乞いをして火を焚いたら夕立が降ってきたという伝説から。
 なんとなく、第一列王記のカルメル山のエリヤを思い出します。

 いつか、祈りのためにテントを張る時が来たら、ここにしようと思います。
 だって、夕陽も朝日もきっととてもきれいに見えそうな場所だったからです。

 ただし、遊歩道はすさまじい蜘蛛の巣の連続でしたよ。
 同じ種類と思われる蜘蛛さんたちが、まるでマンションのように密集して巣を構えてました。

 木の枝で払っていたのですが、最後はその枝自体が虫取り網みたいになってしまいました。

 下山時はちょうど夕なぎの時間で、瀬戸内海が湖のような静けさで、夕暮れを迎えていました。

| Outdoor | 18:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ビンテージぽい自転車の革のサドルを駄目にする方法。

 味のある古い革のサドルを手に入れたけれど、どうやったら上手に手入れできるのだろう、と思っている方は広い世界に沢山いらっしゃると思ういます。
 そんな方の役に立てるのでは、と思い、「これはしないほうがいいと思うよ。」という実例を載せておきますね。

■使用したサドル Ideale(イデアル)#6

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 1.手に入れて喜ぶ。「ん?でもだいぶ乾燥してヒビだらけだなぁ」と思う。
 2.「でも、このまま使おう」と考えずに、手元にあった登山靴用のオイルを塗り込むことにする。
 3.塗り込んでみると、ヒビというヒビにオイルが白く残り、さながら霜降り肉のようになる。
 4.自転車屋さんに相談する。⇒「そのまま使った方がいいですよ。」とアドバイスを受ける。
 5.が、とりあえず1の状態に戻そう、と決断して、あれこれ考える。
 6.そういえば、かつて両親がテレフォンショッピングで買ってしまった「スチームクリーナー」なる高温の蒸気を吹きつけるマシンがなぜか物置に有ることを思い出す。
 7.深夜の風呂場でちょっとした工事現場のような音をたてて作業。白く残っていたオイルが蒸気にとかされて流れて行くが、同時にサドル全体がやや変形しているような気がする。
 8.でも念入りに作業を継続。寝室のAnneから「音が大きいんですけど・・。」というメールが届き、我に帰る。
 9.一日陰干しして、自転車に取り付け。
 10・乗ってしばらく走っている時、ガクンという違和感。厚い革のサドルが見事に裂けているのに気づく。

 以上

 
 ちなみに、「こうすればいいらしい。」という模範はこちら。記事のコメント欄に工程が記されています。
 まさか鍋で煮込む、が正解とは・・・。

 言い訳:今回の#6はすでに鋲の周辺に裂け目ができていました。ただ、私の荒療治が少しだけ寿命を早めたのだと思います。そう、10年ぐらい・・・。

| いい一日でした。 | 15:44 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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義母来たる

20091002191900


 妻のお母様、つまり義母が泊りに来ています。
 美味しいぶどうを食べては、「生きてて良かった!」と喜んだり、北アルプス遠征の写真を見ては、「すごいなぁ。お二人を尊敬します・・」と改まって頭を下げたり。(こっちもあわてて座り直して、お辞儀をします。)

 「AnneはStephanと一緒になって本当によかったなぁ!!」と感極まっておっしゃったりするので、こっちがもじもじしたりします。

 写真は、鯛めしなる料理。児島から獲れたての鯛を持ってきて下さいました。
 電子ジャーにそのまま生の鯛を入れるとはおどろきでした。
 Naoyuki氏の釣ったウナギも焼いています。
 妻の実家がこちらに引っ越してきたような夜です。

| 未分類 | 19:19 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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何にもできないよ。

 牧師なので、いろいろな人に出会います。

 困っている人がたくさんいます。
 弱っている人もたくさんあります。

 たくさん傷ついてきた人の悲しみ。
 孤独。
 危機。
 人間関係のトラブル。

 そして罪の問題。

 色々な人や、事柄に立ちあいながら、私が牧師として何かをするか、と言えば。
 大概の場合、何にもしていません。

 おろおろしたりはします。
 白髪もどんどん増えているみたいです。
 励ましてみたり、傾聴したり、アドバイスしたりもします。
 でも、あんまり役には立っていません。
 大体、自分のこともちゃんとできていない自分が、どうして人の助けになんか、なれるでしょう。

 私ができることは、祈ること。
 そうすると、いつもうまくいきます。
 問題を抱えている本人と、二人で祈ると、なおさらうまくいきます。

 つまり、働かれるのは、神様です。

 私は何にもできない牧師です。
 なのに、牧師をしています。

 本当にユニークな人生だと思います。
 私の日々は。

「主が家を建てるのでなければ、 建てる者の働きはむなしい。
主が町を守るのでなければ、 守る者の見張りはむなしい。
あなたがたが早く起きるのも、おそく休むのも、
辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。
主はその愛する者には、眠っている間に、
このように備えてくださる。」
詩篇127:1-2

| いい一日でした。 | 23:45 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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