2010年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年05月

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人知れず



 クラスの最中、ふと窓の外を見ると、教会のある御夫妻が庭の草抜きをして下さっていました。

 季節は春、雑草もぐんぐん伸びるわけです。

 静かに来られて、草抜きをして静かに帰っていく。
 感謝なことだなぁと思ったことでした。

 見えない働き、と言えば「祈り」があります。
 ひそかな祈りの奉仕は、人には知られません。

 教会の中で、お互いのための色々な祈りがささげられています。
 あるいは、家族のために、友のために。
 そして、神様の祝福をもたらします。
 本人は知りません。祈った人と、神様だけの秘密です。

 教会は、こんな隠れた働き手、祈り手によって、守られています。

 「あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。
  そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。
  そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、
  あなたに報いてくださいます。」
   マタイ6:6
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何かで埋め合わせをする前に

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 失うことは、辛いことです。

 何かを失ったら、私たちはすぐに、他の何かで埋め合わせをしようとします。
 世の中には、さまざまな埋め合わせをするもので満ちています。
 でも、それでは、心は解決されていません。

 何かで埋め合わせをする前に、立ち止まって、神に祈ることを聖書は教えています。
 あなたの心は、本当は何を欲しているのでしょう。
 それは、何かで埋め合わせできるものでしょうか。
 
 心に出来てしまったすき間に、キリストの愛を受け止めることを、聖書は教えてくれています。

「乏しいからこう言うのではありません。
 私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。
 また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、
 あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
 私は、私を強くしてくださる方によって、
 どんなことでもできるのです。」
   ピリピ4:11-13

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それでも季節は巡る

 淡々と、一つのことを誠実に果たし続ける人々を尊敬します。
 幾人か、教会にそういう方達がいらっしゃいます。

 何年も、何十年も、雨だれが石を穿つように、少しずつ祈りを積み上げ、愛のわざを行いつづけています。

 私は、かなり気分屋で、挫折に弱いタイプです。
 ちょっと失敗すると、「あ~、もういいや~」とか、「自信なくなっちゃった~」と弱気になるのです。
 困った牧師です。

 

 最近思うことは、季節の移り変わりについて。
 自然界の営みは、本当に誠実ですね。

 今日は激しい雨風の日でした。
 でも、気づけば教会のケヤキの木は、枝々に新芽を蓄えて、新緑の準備をしています。
 降り注ぐ水分を吸収して、緑いっぱいの季節がやってきます。

 自然界は、造り主である神の栄光を現わしています。
 そうです、神こそ誠実な方です。

 雨を降らせ、呼吸をする空気を備え、太陽のぬくもりを与え続けて下さいます。

 弱気になった時、私は頼りがいのある天の父に祈ります。
 あのことも、このことも打ち明けて、祈るのです。

 私は知っています。
 時の流れの中で、風向きは変わり、喜びの季節が訪れるのを。

 私が今日立っているのは、結局のところ、私を生かして下さる、神の恵みによるのです。

「雨や雪が天から降ってもとに戻らず、 必ず地を潤し、
 それに物を生えさせ、芽を出させ、 種蒔く者には種を与え、
 食べる者にはパンを与える。
 そのように、 わたしの口から出るわたしのことばも、
 むなしく、わたしのところに帰っては来ない。
 必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」
   イザヤ書55:10-11

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山行カズ

 「さて、Stephanは今日はどんな山歩きをしたのかな」と楽しみに来られたあなた、すみません。

 今日は山には行っていないのです

 では、何をしていたか、と言うと牛窓にある教団所有のキャンプ場で、整備作業をしていたのです。
 子どもの時から、毎年このキャンプ場でのキャンプが楽しみでした。

 教会の方幾人か(Shi-ton氏、Totto氏、Nawoyuki氏)と作業に参加して、他の教会の方たち(主に牧師)と会えて、楽しい一日でしたよ。

 月曜日は唯一の運動DAYなので、しっかり体を動かなさくちゃ、とがんばって働きました。

 帰りがけ、海辺で余った体力を発散しました。
 ↓
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| いい一日でした。 | 19:28 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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居場所

「わたしは、あなたがたに平安を残します。
 わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。
 わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。
 あなたがたは心を騒がしてはなりません。
 恐れてはなりません。」
  ヨハネ14:27


    

 礼拝が始まる前、司会者と奏楽者とでお祈りをするのですが、今朝は互いの祈りの声がよく聴き取れないくらい、会堂のあちこちでおしゃべりの花が咲いていました。

 「礼拝前は静粛に」、という張り紙を教会もあると聞きますし、その気持ちも分かりますが、今日はなんだかうれしいなぁと思いました。
 みなさんが、教会に集まることを喜んでいて、親しい関わりが育まれているのが感じられたからです。

 礼拝が終わった後も、いろいろところでやはりいろいろな方がおしゃべりしていました。

 今日は、会堂の模様替えをしました。
 手狭になって来ていて、もうすこしゆとりを持たせたい、ということだそうです。
 来週来られた方は、びっくりするでしょうね。

 今は、静かな教会の午後、読書をしている人、会計の業務をされている方、いねむり学校の予習をしている人がそれぞれの時間を過ごしています。

 平和な時間です。

 愛する一人ひとりの上に、ブログを見て下さっている皆様一人ひとりの上に、素敵な一週間が与えられますように。

| いい一日でした。 | 14:56 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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ちゃんとあやまる

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photo by cahcap


「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、
 神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、
 すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」
   第1ヨハネ1:9


 今日は、子どもイベント「ジョイクラブ」でした。
 子どもたちの笑い声、叫び声でにぎやかな数時間でした。

 ある少年が、先日良くないことをしました。
 今日来たら、叱らなくてはならないな、とちょっと憂鬱でした。
 いや、それ以前に彼は果たして教会に顔を出せるだろうか、と心配もしました。

 しかし彼は、ちょっと遅れてやってきました。
 そこで、「君、言わなくちゃいけないことがあるんじゃない?」と聞くと、すぐに「本当にすみませんでした。」とあやまります。
 「だめじゃない。どうしてそんなことしたの?」と聞くと、これまた素直に理由を話して、また謝罪をします。
 あんまり素直に謝るので、それ以上叱らずにすみました。

 きちんとあやまることって、相手を信頼していなくてはできないことだと思います。
 ちゃんとあやまるなら、人間関係はかえって深まることもあると思います。

 私は彼が、いつのまにか、きちんとあやまる事が出来るようになったことを、うれしく思いました。

| いい一日でした。 | 20:50 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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結局、こころ

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」 第1サムエル 16:7

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 今日、教会である方をお見かけして、笑顔だったのがうれしかったのです。
 辛いところをずっと通っておられる方です。

 そして、その方のために、何年も前から祈り、心配りしてこられた方の事を思いました。
 そんな思いが実って、今日の笑顔があるのだな、と思ったことでした。

 結局、こころなんですよね。
 大切なのは。

 こころがあれば、愛することはたやすいし、
 こころがなければ、愛することはできません。

 背伸びをしても、取り繕っても、いつかは心は見破られてしまいます。

 本当の愛をこころに宿して生きていくためには、イエス・キリストという方に出会う事だ、と聖書は教えています。
 そうすれば、あるがままのこころで生きて、人を愛して生きていけるから、と。

 私のために十字架にかかって下さったキリストの愛を、今日も素朴に感謝したいと思います。

「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。
 だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、
 わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、
 彼もわたしとともに食事をする。」
   黙示録3:20

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気持ちがぐるぐるする時

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「神よ。私を探り、私の心を知ってください。
 私を調べ、私の思い煩いを知ってください。
 私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、
 私をとこしえの道に導いてください。」 詩篇139:23-24


 今日の聖書のクラスで開いたこの個所が、心に残っています。

 古いレコードをかけると、同じところをぐるぐる回ることってありますよね。
 傷がついていて、レコード針がそこに来ると、前の溝に戻ってしまいます。

 それと同じように、私たちの心にも昔のキズがあって、何かあると、くるくると同じところを気持ちが巡って、抜け出せなくなります。

 自分では、どうしようも出来ないそんな過去のキズ。
 心にふたをしているのに、思い出されてしまう出来ごと。

 この詩篇の詩人は、そんな心をそのまま、神様に持ち出して祈っています。

 「自分では、どうしようもできないから、神様よろしくお願いします」と。
 そして、「あなたが与えて下さる正しい道に導いて下さい。」と祈るのです。

 同じところをくるくる回って、前に進めなくなる時は、いっさいがっさいを祈ってごらん、と聖書は教えてくれているのです。

 感謝。

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4月のジョイクラブのお知らせ

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ときには、可憐な花を愛でるのもいいじゃないか。 那岐山・西仙~東仙コース(1,255m/鳥取県側)

歩いた日:2010/4/19 Mon.
吉備の中山さんの記事

■山男の電話は短い?
 先週末、「吉備の中山」氏からの電話。

中「あ~もしもし、Stephan君、今度の月曜日(の予定)は決まっとる?」
Ste.「いえ」
中「イワウチワを見に、那岐に行かんか?」
Ste.「いいですよ。」
中「山陽教会に7時でええかな。」
Ste.「いいですよ。」
中「じゃあ、月曜日に。」
Ste.「はい。」
 プチッ ツーツーツー

 こんな感じで、即座に話が決まってしまいます。
 岳友からの電話は、こんな感じなのが多いです。

 実は、私はそれほど花を愛でる、という趣味は無いのですが、那岐山のイワウチワ、というのは最近よく耳にするので、とにかく出かけてみることにしました。

 途中の車の中では、中山さんの奥さんとの馴れ初めとの話を聴いたりしてみました。
 大いにテレながら語って下さる中山さん。そのせいか、いちど前の車にぶつかりそうになりました

 余談ですが、私は学生時代、KGK(キリスト者学生会)のキャンプの帰り、運転していた先輩に「どんな女性が好きなんですか?」と助手席から聞いていたら、「うーん、優しくて・・」と言いかけた瞬間に、玉突き事故を先輩が起こしたことがありました。
 運転中は、話題を選ばねば・・。
 もっともその先輩も豪傑で、警察が来て、処理が終わった後、くの字になったボンネットを空手で鍛えたこぶしで殴って直してから、走りだして、「優しくて、それから信仰深くて・・」と話しの続きをし出したのです。

 中山さんの新婚旅行の話も聞いたりしていれば、あっという間に車は目的地に。
 平日なのに、1,2台先客の車が停まっています。
 やはり、人気なのですね。那岐山のイワウチワ(岩団扇)。

■咲いてる咲いてる。

 あまり花をめでる趣味は無い、と言いましたが、やはり咲いているのを見るとうれしいです。

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 というより、素直に「ああ、素朴で可憐でいいなぁ。」と思いましたよ。

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 身をかがめて、小さないのちを見つめます。

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 そうか、岩に咲くから、イワウチワなんだ。(ウチワは、葉っぱの形から。)

 小さく、でもしっかりと岩にしがみついている様が、ますます気に入ります。

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■高度計デビュー

 さて、こないだ高度計のついた腕時計を手に入れたのですが、今回はそのデビューでした。
 高度計というのは、正確には気圧センサーが内蔵されている、ということです。高度は気圧の変動を計算して表示されます。
 登山口で高度をセットしたのですが、

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 ほら、ぴったり。
 ただし、高度を上げ下げする、ということは、気圧がどんどん変わるので、今度は気圧数値での天候予測ができません。ただし、地形図で高度を把握しておけば、ちょっと面倒だけど逆算することで、気圧の絶対値をある程度出すことができます。今回は、山頂到着時に低気圧の接近を受けて気圧が下がり、+10メートル誤差が生まれました。それによって、約1hPa気圧が下がったことが分かるわけです。
 ・・・ふぅ。この辺が高校の物理で0点だった私の限界です。

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 ああ、コケの季節が帰って来た~!

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■なに、キタカマ?

 柔らかな、那岐~滝山の縦走路を眺めます。
 山頂を踏んでから、ちょっと休憩。

 私の秋の遠征計画の話になり、トムラウシのことを話したのですが、いつのまにか、中山さんから北鎌~西穂テント縦走に誘われていました。

 北鎌どころか、槍も大キレットもジャンダルムも未経験な私にとっては、「いろいろつまったビックリ箱みたいな楽しいプラン」という印象でした。
 で、結論はまだ出ていないのですが、帰宅して、ちょっと北鎌尾根を検索してみると・・・なんじゃこりゃ!となってしまいましたよ。
 北鎌~西穂テント縦走って、かなりスリリング&ハードなプランではないですか。

 そんなわけで、下山は北鎌尾根などなどの話をしつつ別ルート(東仙コース)を楽しく下りました。

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 このコースは途中から沢沿いの林道を歩くことになります。
 
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 沢のコケは活き活きしていますね。

 下山したら、こんなバスが停まっていてびっくりしましたよ。

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 愛媛から。
 そうか、南には咲かない花ですもんね。

 おだやかな、いい山でした。

 楽しい山にして下さった、中山さんに感謝。
 春を告げる、愛らしい小さないのち達を造られた、神様に感謝~。

| Outdoor | 22:44 | comments:14 | trackbacks(-) | TOP↑

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那岐山にイワウチワを見に行ってきましたよ。

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 鳥取県側から、山の先輩・吉備の中山さんと登ってきました。
 詳細は後日~。

| いい一日でした。 | 18:32 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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再出発

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 写真は、敬愛するGen-chan御夫妻。
 労りあいながら、共に歩み続けておられる、私たちの模範でもあるカップルです。

 今日もいい日曜日でした。

 特筆するべきことは、復縁祝福式が持たれたこと。
 あるカップルの和解と再出発に立ち会えたことは、大きな喜びでした。

 また、ひっそりと新たな再出発をした方も、今日は礼拝に出席されました。

 今日の説教でも話したことですが、もう修復できないと思った関係ですら、キリストの愛によって修復は可能です。
 そのことを、しみじみと感じる日でした。

 『イエスは彼らをじっと見て言われた。
 「それは人にはできないことです。
  しかし、神にはどんなことでもできます。」』 マタイ19:26

| いい一日でした。 | 15:17 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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横田早紀江さんと岩渕まことさんによるイベント(無料!)がありますよー。

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(クリックで拡大しますよ。)


 ■2010年4月18日(日)14:30-15:30
 ■岡山ドーム
 ■入場無料
 ■後援/山陽新聞・RSK・OHK・TSC・RNC・KSB

 拉致問題のシンボル的存在、横田さんが、岡山で語って下さいます。
 音楽ゲストの岩渕まことさんも、すばらしいシンガーソングライターですよ。奥様もお出で下さるんですね~。岩渕さんのライブは、土曜日(15:00-15:45こちらも無料~!)もありますよ。
 このイベントと前後して、土・日と岡山ドームでは、キリスト教の大伝道大会が開催されます。(コチラ
 こちらも、プロゴルファー中島常幸さんやアコーディオン奏者の檜山学さんなどの豪華ゲストです。興味ある方はこちらもどうぞ~。

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ララさんからの質問「出エジプト記4章24節の出来事はなぜ・・?」

「教えて!牧師さん」27

■出エジプト4章24節です。
 「さて、途中、一夜を明かす場所でのことだった。
  主はモーセに会われ、彼を殺そうとされた。」
 いきなりの展開になぜ?と思ってしまい、しばし立ち止まって考え込んでしまいました。


 ララさん、こんにちは、お返事遅くなりました。

 さて、今回の個所ですが、確かに「なぜ?」と思うところですね。
 神様の意図はどこにあったのでしょうか。

 今回の個所から連想される聖書の個所が二か所あります。
 民数記22:22-35とヨシュア5:13-15です。
 異邦人の占い師バラムや、エリコの町に攻めに行くヨシュアの前に、神の使いが立ちふさがります。
 モーセも含めてそれぞれ、神様の導きの中で出かけていくのに、危険にさらされたり、足止めさせられるのです。

 バラムの場合は、やはり彼の心の中に神様に従いきれない心の揺らぎがあったのではないか、と推測されます。
 また、ヨシュアの場合は、改めて神にだけお仕えする思いを再確認される必要があったのではないか、と思われます。

 これらの個所と重ねて考える時、モーセとその家族は、出エジプトの大事業を前にして、志を確かにされる必要があったのではないか、と考えられるように思うのです。
 モーセと妻チッポラは、その息子にユダヤ人としての割礼を施すことをしていませんでした。
 しかし、この時チッポラは、今こそ息子に割礼を施さねばならない、と理解しました。彼女自身が、今回の出来ごとに関して、心が定まりきっていないことを自覚していたのではないか、と思わされます。
 神の半ば強制的な促しによって、彼ら家族は神への献身に至った、と理解できはしないか、と思います。

 私は、今回の個所から、「御心にかなった道を選択していても、神はなおも心を問われる」ことを教えられるように思います。
 何を選んだ、ではなく、どんな思いで選んだか、を神は見られる方なのだと思います。

 印象的なこれらの記述から、自分自身の歩みが「定まった心」で為されているかどうかを問われる思いです。

 簡単ですが、参考になるお答えになっていることを祈ります。

 ララさんの聖書との歩みが、これからも祝されますように。

 また、いつでもご質問下さい。

注)原文ではモーセという名前は出て来ず、「彼」となっています。4:23の流れを受けて、「彼」をモーセではなくて、モーセの長子ゲルショムと理解する解釈も不可能ではありません。そうなると、割礼の重要性に重点がおかれる内容になり得ます。ただ、特に説明がなく「彼」と出てくる以上、モーセと理解するのが自然でしょう。

※「教えて!牧師さん」は、駆け出しの牧師Stephanが、
自分の勉強のために受け付けている質問コーナーです。
質問はブログ右側のメールフォームよりお送りください。

| 教えて!牧師さん。 | 19:00 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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レインハイク 県立森林公園・千軒平(1,090m)~もみじ平(1,086m)[奥津町]

■歩いた日:2010/4/12 Mon.

 雨が本降りの月曜日、なのに、山に出かける私たち夫婦。
 普通じゃないですよね
 自覚しています。

 でも、雨の山も、好きです。



 ミズバショウの花が、咲いている。(今回の写真は全部携帯カメラです。悪しからず。)

 今にして思えば、北海道で観た群生は見事でした。

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 これは、、、ネコメソウとかそんな名前だった気が・・・。(×・・・正解はリュウキンカ。byたくや氏)

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 もみじ滝。
 雨のお陰で、滝が元気です。
 苔も活き活きしています。

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 千軒平。
 もちろん、誰もいません。

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 雲と風で、ドラマチックな光景でした。結構高い山に来た気分になります。

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 稜線歩き。ブナも降り注ぐ雨を喜んでいます。
 新緑の季節も、もうすぐそこですね。

 しかし、このあたりで二人は力尽きて、やむなくビバークすることに。

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 なんてことはなく、ツェルトの試用をしてみました。
 緊急時に「ん?どうやって使うんだろ・・」では困りますもんね。

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 確かに、吹雪の時や、風雨の中だと、これが有るかどうかで心持ちは大分違うでしょうね。
 もっとも、強風の中で設営する自信はまだありません。
 
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 なんだか、遭難チックな一枚。

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 今回は、「ちゃんとしたコーヒー」も淹れてみました。

 そうこうしている内に、外が騒がしくなってきて、ベンチレーション(換気孔)から除くと、まあびっくりするくらいのたくさんの小鳥たちが地面でなにやらしているのです。
 オレンジがかった色だけど、ジョウビタキではなく・・。
 なるほど、自然観察にもツェルトは有益なのだなぁと思いましたよ。

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 こちらは、「熊押しの滝」。水量が多いので、豪快です。

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 熊押しの滝のある道は、今回初めて通りましたが、とっても気に入りました。

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 手ごろな残雪エリアがあったので、Anneに雪上歩行練習。
 登りのキックは「わぁ登れる!」と喜んでいましたが、下りの方が怖いようです。

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 雨の森を堪能するハイクになりました。
 こんな素敵な世界を創られた神様に感謝。

 今回もいい山でした。

| Outdoor | 23:06 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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舟喜順一師 召天

 今朝、敬愛する舟喜順一先生(1920年生)が召されました。
 先生の日本のキリスト教会における業績については、こちら(wikipedia)をご覧ください。

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 私は、幼い時から牧師を志していましたが、大学卒業後の神学校を選ぶ際、一つの基準を持っていました。それは、「聖書そのものを教えてくれる学校」でした。
 そして、東京・羽村にある聖書神学舎(宣教会)に進みました。募集要項に印刷されていた、第2テモテ3:16-17の聖句から、このことばを掲げる学校なら間違いないだろう、と思ったのです。

「聖書はすべて、神の霊感によるもので、
 教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい
 十分に整えられた者となるためです。」
   第2テモテ 3:16-17


 「教師は一流、設備は二流、生徒は三流」と言われる神学舎のきらめく講師陣の中でも、順一先生は神学舎の生きた歴史そのものとして皆から尊敬されていました。
 先生の組織神学の講義は、卒業生が「もう一度受けたい講義No.1」に挙げる名物講義だったのですが、受講して驚きました。
 さっぱり理解できなかったのです。
 ゆっくりと間を置きながら、らせん状に理論が展開していく語り口は、睡眠の呪文のように、生徒を一人また一人と眠らせていきます。
 しかし、それは「聖書を読む」という基礎を、学生たちが人から教えられてではなくて、神との関わりの中で発見するという意味で、実に意義深い講義でした。
 私も、卒業するころには、私なりに順一先生の教えて下さったことを受け止めることが出来たのではないか、と思っています。

 とにかく、授業によく遅刻して来られました。誰かにつかまって(あるいはつかまえて)話し始めると、チャイムが鳴ってもお構いなしです。
 でも、手抜きはなさいません。授業自体も際限なく延長されたからです・・・。

 授業の組み立てもすさまじいものがありました。
 冒頭から「何か・・・質問は・・・ありますか・・?」と尋ねられるのです。
 これで、本当に何か質問しようものなら、思わぬ時空から新たならせん状理論が展開して、質問者自身をも眠りに陥れるのです。

 忘れられない思い出が一つあります。
 二年生の夏、私は授業終了後、先生に相談に行きました。
 二年生になると、帰省していった先の岡山の教会で説教の奉仕をして回ることになっていました。
 しかし、私は入学してからの一年数か月、何も身に付いた気がしていませんでした。かえって「何も知らなかった」ことを深く知らされていたのです。

 「先生、私は何も新たに学んだ気がしないのです。(あなたの授業も分からないし・・)」
 と涙ながらに相談すると、先生は、
 「この学校では、何も身に付くことは教えていません。ただ、聖書の読み方を教えています。兄弟がご自分で聖書を読んで得たこと、それを語れば良いのです。」
 と、生涯忘れられない答えを与えて下さいました。
 それで、迷いなく夏の奉仕をさせて頂くことができました。

 在学中に婚約した私たち二人のことを、ことのほか喜んで下り、「日ごとに」という聖句集をそれぞれに送って下さいました。今でもそれは枕元に置かれています。

 卒業後しばらくして、順一先生が取り扱った入門者用の聖書の学びのテキストを見つけました。
 それは、私にとって大きな助けとなりました。
 卒業後も、順一先生に教えて頂いているような思いで、このテキストは毎日のように用いられています。

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 順一先生。
 礼拝の説教を終えた後、讃美歌を歌っている先生のお姿が心に残っています。
 お年も重ねられ、説教後のお疲れもあるでしょうに、目をつぶり、身をよじって、讃美歌を絞り出すように歌っておられました。
 これからは、神様のおそば近くで、力に満ちて、心からのほめ歌を歌うことがお出来になりますね。
 いつか、ご一緒する日を楽しみにしています。

 あなたの生徒にふさわしく、祈りと学びの生涯を送りたいと、改めて願います。

| いい一日でした。 | 14:55 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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雨の森林公園に行ってきました~

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 降り注ぐ恵みの雨に、何もかもが瑞々しかったです。
 レポートは後日。

| 未分類 | 21:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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誇り・・か・・。

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(目的の地図、入手)


 今日も幸いな日曜日でした。

 礼拝の中での、ある方の祈りが、心深くに響きました。

 「神様、私たちは色々な誇りなどを持って生きています。しかし、あなたの前では、人からの称賛とか、私たちがこだわっている誇りは何一つ意味がありません。イエス・キリストの十字架だけが、私の誇りでありますように・・」

 本当にその通りだなぁ、と深く思わされたのです。
 比較や競争の虚しさを、身の回りにいつも感じます。
 感じつつも、そこにからめとられていく自分の弱さを感じます。

 今日の礼拝では、引退牧師である江見先生が説教をして下さいました。久しぶりに私は会衆の一人として席に着こうと思いました。が、座る席を探さなくてはなりませんでした。
 礼拝出席者が増えているのです。

 そういう時に、感謝と共に神様への畏敬の念が沸くのですが、同時に一瞬「君ハ上手クヤッテルネ。」という自負心がよぎりました。ああ、恥ずかしい・・。
 そして、その真綿のような心くすぐるささやきは、心地よさと同時に、窒息をもたらすのです。
 虚栄はいつも、私を不自由にします。
 
 私の生涯は、神の前の旅人であり、単独者として神の前に自分を見出す時にこそ、自由を感じます。成功者でなくてもいいし、万人に愛されなくてもいいのです。
 私は、神の前であるがままの自分で立つことを、心から恋慕います。
 
 もしも、牧師としての働きが、自分の誇りのためなら、悲しいことです。
 山に登るのが、「こんなことやったんだぞ~」という誇りのためなら、もったいない話です。

 礼拝の中で共感とともに祈った一つの祈りが、こんなことを深く心に覚えさせて下さいました。
 とても感謝なことです。

 信徒さんたちから教えられることが、いつも多くあります。
 私はあらゆる面で恵まれた牧師であり、幸いな人生の旅人です。

| いい一日でした。 | 23:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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10年目

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 写真は、2001年4月の、牧師就任式の時のもの。
 真中で初々しい新妻(右側の女性です、念のため)と共にお花を抱えて座っているのが、神学校を出たての私です。

 光陰矢のごとし、少年老い易く・・・。

 二つのことに感謝せずにはいられません。

 一つは、神様の誠実さ。
 そしてもう一つは、教会の皆様の誠実さ。

 愛と忍耐の中、守られ、支えられて、いつの間にか10年目を迎えます。

 感謝。
 ただ、感謝です。

「主は遠くから、私に現れた。
『永遠の愛をもって、 わたしはあなたを愛した。
 それゆえ、わたしはあなたに、 誠実を尽くし続けた。』」
  エレミヤ31:3

| いい一日でした。 | 21:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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憧憬 ―旭岳~トムラウシ―

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 年に二回、長期休暇を教会から頂くのですが、気の早い話だけど秋の休暇について。
 妻の許しを得て、suzukiさんと北アルプスの奥又白~前穂~畳岩というような遠征に行こうかと思っていたのですが、suzukiさんの都合で難しいということに。

 さて・・と思った時に、「旭岳~トムラウシを歩こう」という思いがふつふつ湧いてきました。
 単独テント縦走と言えば、一昨年の屋久島でやりました。
 あの時も、どうしてもヤクシマに行きたい、という思いがこみ上げて来て、旅に出ました。

 その旅の終わりに、「もう、当分一人旅はいいや。」と思ったのを憶えています。でも、「きっといつか旅に出たくなるんだろうなぁ。その時が来たら、考えよう。」とも感じていました。

 昨年、suzukiさんとの知床半島・羅臼岳遠征の帰りに旭岳を見ました。
 「いつか、縦走したいな」とぼんやり考えました。
 それから、じわじわと心の中で思いが強くなり、ついに「憧憬」と言えるくらいの気持ちが育ったように思います。

 私は、旅というのは、憧憬に導かれてするのが理想的だと思っています。
 どうしてもそこに行きたくて、その時間と空間の中に自分を見つけたくて、恋焦がれるような思いになってから、旅に出るのが、私にとっては「旅」です。

 もしもこの旅が実現したら、今のところ行きたい場所は国内では四万十川ダウンリバーくらいになってしまいます。
 もちろん北アルプスなども、いいところは沢山あるのでしょうが、まだ憧憬にはなっていません。

 国外には、中央アフリカのルヴェンゾリ(マルガリータ峰)、スウェーデンのケブネカイセ山(クングスレーデン経由)という大きな夢がありますが、さてどうなることやら。

 しかし、この地上に行ける場所・行きたい場所が一つも無くなっても、私には一番大きな憧憬があります。
 それは、天の御国でイエス・キリストの前に立つこと。

 人生は旅。
 憧憬に導かれる旅人であり続けたいと思います。


「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。
 約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、
 地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。
 彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。
 もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。
 しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。」
  11:13-16

| Outdoor | 22:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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スロースタート

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 春から新生活を始めた幾人かの仲間たちは、それぞれちょこちょこと色々ありながらも守られているみたいです。

 ひとまず安心。

 新しく聖書のクラスを始める方もあり、そこにもまた新しい喜びがあります。

 そういう時に思うのは、教会の中の年配のクリスチャンたちの存在。
 人生の様々な局面を経て、確かな信仰の土台の上に歩んでいる方たちは、若い人たちの事を大きく受け止めながら、一人一人のために祈って下さっています。

 やがて、今祈られている人たちが祈る側に回っていくのでしょうね。

 一人一人の明日が、また新しい恵みの一日でありますように。

 「・・主のあわれみは尽きないからだ。
  それは朝ごとに新しい。」
    哀歌3:22-23

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蒜山アドベンチャー・ハイク 中蒜山・清水谷沢登り(1,122m/真庭市)

■登った日:2010/4/5 Mon.

■suzukiさんの記事

■ピッケルをもって沢登りへ

 今回は山の先輩Suzukiさんとのハイクになっていましたが、ぎりぎりまで行先は決まりませんでした。
 兵庫の県北でスキーを履いて雪山ハイク(前夜出発)か、県内のどこかの沢登り(日帰り)ということで、どちらにするかによって、装備はまったく違ってきます。

 で、結局「雪があるかもしれない山の沢登り」というところに落ち着きました。
 蒜山三座の中央にある中蒜山の清水谷あたりにしようということに。
 北面ということもあり、上部は雪が有るかもしれないので、ピッケル持参です。
 suzukiさんと行く山は、たいがい普通ではないので、これくらいでは驚きません。

 ただ、地形図を見ると、下山に使う登山道が見当たらないんですよね。
 まぁそれは明日聞こう、と日曜日の夜は早めにお布団に入ります。

 翌朝6:30山陽教会で待ち合わせ。
 車内でさっそく下山の登山道のことを聞きます。

 「下山?適当な尾根を下るよ。」
 うへぇ。ヤブコギで下山ですか・・。沢を登って、帰りはヤブコギということは、いっさい登山道を歩かない山になりそうです。ワイルドなハイクになりそうです・・。

 その他、こんな会話も。
 鈴木さん「剣(岳)行くんなら長次郎雪渓がええよ~。」
 「ほうほう。でも、危なくないんですか?」
 「いや、一般ルートよりも危険度は少ないと言っていい。」
 「それは、いいですね。でも、なんでみんな行かないんですか?」
 「まぁ、何人も落ちとるからなぁ。」

 や、やっぱり危ないんじゃないですか。

 色々とおしゃべりしながら、ちょこちょこ道を間違ったりしつつ、入渓地点と思われる所へ。

 久しぶりの沢です。

■そうそう、こんな感じだった。

 ザイルも背負ったので、ザックはわりと重たくなってました。
 サワタビを履いて遡行開始。
 最初は、何となく足元がおぼつかなかったのですが、だんだんと足の裏の感覚を思い出してきました。
 やはり、沢は楽しい。

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 明るくて、なかなかいい雰囲気の沢です。

 と、思いきや、堰堤。

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 仕方なく脇の崖を這い上がります。

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 堰堤は二か所ありましたよ。
 そこを過ぎれば、しばらくは穏やかな沢歩き。

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 難しい滝は一つだけです。

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 この二段の滝の上部が登れませんでした。

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photo by Suzuki


 滝が登れない時は、「巻き」と言って、そばの崖を登るのですが、ここの巻きは簡単ではありませんでした。
 多分この沢はこの上段の滝の巻きが核心かな、と。
 大きく巻いて、懸垂下降でまた沢に戻りました。

■もひとつドキドキ

 でも、登って行った先には、さらなるアクシデントが。
 
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 雪、多過ぎです

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 雪の上を歩くと、下から沢の音がするんですよ。
 これって、結構怖いんですよね。
 もし、落ちたら・・と思うと。
 何度か片足を落としました。

 途中、軽登山靴に履き替えて登ったのですが、雪が切れてナメ(ウォータースライダーみたいな岩)になったりと、歩行は困難を極めました。

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 遡行はこのあたりまでにして、右側の尾根に取り付きます。
 ちょっとクライミングの要素も出てきて楽しかったです。

 このあたり、雪が無かったらどんな雰囲気なのでしょう。

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 山頂の方面へ雪の斜面を登り続けたのですが、ああ、ここもしんどかった・・。
 軽登山靴ではキックが効かない硬い雪もあれば、気温で軟らかくなった所に足を落としたり。
 言葉少なに、というよりはぜーぜーと息を切らしながら、重い足を上げて雪を蹴り続けます。

 ピッケルが無かったら、多分無理だったと思います。

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 で、やっとのことで中蒜山山頂へ。なんと山頂避難小屋にダイレクトに着いてしまいました。

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 こちらは上蒜山(1,202m)。
 南面は雪がすっかり無くなってます。

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 こちらは下蒜山(1,101m)。
 
 山頂でランチ。消耗した体にエネルギーが再充填されます。
 チョコ&コーヒーが美味しい・・。

■道なき尾根を下山~

 そして、恐るべき下山へ。
 地形図とコンパスがたよりです。

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 ヤブコギを御存じないあなたへ。
 これ↑が、ヤブコギです。
 メガネを飛ばされた人を知っていますし、コンパス・レンズキャップ・ケーナ、何でも奪っていくのが密集したこのネマガリダケです。
 持物を奪い、体力を奪い、衣類をほころばせ、気力と時間を奪うヤブコギですが、奪うだけではありません。

 焦りと不安、スリキズやキリキズ、時には打撲を与えてくれます。

   ☆Stephanの嫌いなもの:陰口 サクラエビ ヤブコギ

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 何としたことか、下山も駐車位置にダイレクトに帰ってきました。
 まったく登山道を使わない山は、雪山以外では多分初めてです。何ともワイルドなハイクになってしまいました。

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 この花は何と言うのでしょう。たくさん咲いていました。

 沢、岩、雪、ヤブ、色々な要素が盛り込まれた一日でしたが、こうして振り返るとやっぱり楽しくて充実したいい山になりました。

 そうそう、着ていった服のあまりの汚れように、Anneが驚いていましたよ。

| Outdoor | 21:13 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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ララさんからの質問「マタイの福音書 19章27~28節 をすっきりイメージして理解をしたいのですが・・・」

「教えて!牧師さん」26

■きょう、とても心にひっかっかった箇所があります。今までは何となく読み過ごしていたのですが。
 マタイの福音書19章27~28節
 ここをすっきりイメージして理解をしたいのですが・・・
 解説をしていただけたら嬉しいです。


マタイの福音書 19:27-28
27 そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」
28 そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。


 ララさん、こんにちは。
 そして、お返事遅くなり申し訳ありません。
 今回のご質問はいわゆる「終末論」に関わることでもあり、私にとってはなかなか難しい内容です。
 すっきりしたイメージを差し上げることは、出来ないかもしれませんが、がんばってみます。



■さばく=王権

 まず、「さばく」という言葉の意味について。これは、「王権」を表す用語であると思われます。
 ルカの福音書で同じことがらを取り扱っている個所(並行個所)には、こう記されています。

「けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです。
 わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。
 それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。」
  ルカの福音書22:18-30


 イエス・キリストが持たれる王としての権威を、分け与えられる、というのが今回の箇所の意味するところであると思われます。
 そして、もうひとつ注目しておきたいことは、この王権が与えられることの根拠として、「キリストへの従順さ」が挙げられている、ということです。
 不従順のゆえに、キリストに背を向けるイスラエルの民(十二部族)に対して、従順のゆえにキリストと共に治める側に着く十二弟子。そこに聖書の強調点があるように思います。
 「十二部族」とか「十二弟子」という言葉に目を引かれますが、天の御国において、イスラエルの民や十二使徒が特別な扱いを受けるのかどうかは、明確には解答できません。

■クリスチャンも王権が約束されています

 聖書の他の箇所を見ると、キリストと共に統べ治める約束は、十二使徒だけではなく、全てのクリスチャンに与えられていることが分かります。

「あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。
 私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。それならこの世のことは、言うまでもないではありませんか。
  第1コリント 6:2-3


 終末のさばきの預言が記されている黙示録でも、十二使徒たちによるさばきは記されません。
 
「また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行う権威が彼らに与えられた。
 また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。
 彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。」
   黙示録20:4


 この「彼ら」が何者かということは記されていませんが、文脈からすべてのクリスチャンたちと見ることができます。十二使徒もその中に含まれていると思われます。

 このような記述から考えると、十二使徒だけが、天の御国において特権的な立場に就くとは、言い難いように思います。

■キリストへの従順の模範として十二使徒

 一方で、黙示録にはこんな十二使徒に関する記述があります。

「また、都の城壁には十二の土台石があり、それには、小羊の十二使徒の十二の名が書いてあった。
  黙示録21:14


 天の都の土台に十二使徒の名が刻まれているのです。
 これは、以下の聖句を連想させます。

 「彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。その都を設計し建設されたのは神です。」
   ヘブル11:10

 「あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。」
   エペソ2:20


 十二使徒は、教会、そして天の都の土台としての役割を果たす存在です。
 そして、これは、彼ら一人一人の人物というよりは、最初に見たように、彼らによって現わされた「従順さ」こそ、信仰の土台である、ということを意味しているのではないか、と思うのです。
 これは、マタイ16:15-18において、ペテロの信仰告白が教会の土台と宣言されたことにも合致します。

 このようなことを考えると、冒頭の聖句は、キリストへの従順ゆえに天の御国の王となる、という約束のことばであり、特に十二使徒はその象徴的存在である、と解釈できるかもしれません。
 
■イスラエルへのこだわりと誠実
 それにしても、なぜ、冒頭の聖句では「イスラエルの十二の部族」と限定的に記されているのか、という疑問が残りますね。
 この種の表現は、黙示録などでも度々出てきます。(十四万四千人など)
 私は、そういう所に、神様のイスラエル民族への誠実を思います。
 イスラエルの民への特別な警告や言及は、神がイスラエルを忘れていない、ということを物語っています。

 アブラハムとの契約から始まり、十戒によるモーセとの契約を結んだイスラエルを、神は永遠に見捨てずに、語りかけていらっしゃるのだと思います。
 旧約においても神にそむき続け、キリストを十字架にかけた民族でもあるのに、神は一度約束を結んだ以上、どこまでも誠実で有り続けるお方なのではないか、と思います。

■従順こそ

 そんな、誠実な神が、私たちに御国での王権を約束されている、と思うと、本当に大きな恵みが用意されているのだな・・と思わされ、感謝せずにはいられません。
 しかし、キリストが強調されているのが従順であることは、クリスチャンが忘れてはならないことだと思います。
 マタイの福音書も19章に続く20章では、「皆に仕える」謙遜が教えられています。

 神の誠実と、大きな恵みの約束の中で、与えられた生涯をキリストと共に愛のために生きていけるといいですね。

 ・・さて、お答えになったかどうか、まったく自信がありませんが、私なりに解説を試みてみました。
 何かありましたら、またいつでもご質問下さい。

 ララさんの聖書との歩みの上に、恵みが豊かにありますように。

※「教えて!牧師さん」は、駆け出しの牧師Stephanが、
自分の勉強のために受け付けている質問コーナーです。
質問はブログ右側のメールフォームよりお送りください。

| 教えて!牧師さん。 | 19:50 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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蒜山の沢登りに行ってきました。

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 中蒜山の北面の沢を登ってきました。
 写真は、序盤の平和な時のものです・・。

 詳しくは後日!

| 未分類 | 21:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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イースターおめでとう!!



 今日洗礼を受けたMisatoさんが、初めて山陽教会に現れたのは、昨年の今頃。
 桜の木の下をみなで散歩しました。

 そして再び、桜の咲き誇る今日、イースターに洗礼式をしました。
 川の水は冷たくて、でもそれだけに一層忘れられない人生の転機となったことでしょう。

 証しの中で彼女が触れた聖句の箇所で、印象に残ったのを一つ。

 「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。
  それは、患難が忍耐を生み出し、
  忍耐が練られた品性を生み出し、
  練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
  この希望は失望に終わることがありません。
  なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、
  神の愛が私たちの心に注がれているからです。」
   ローマ5:4-5


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上部2枚 by Shi-ton


 Misatoさんのお父さんが、ランチの時に「こんなに色々な立場の方たちが集まって、あたたかくて、Misatoが惹かれるのが分かります」とおっしゃって下さいました。
 うれしいお言葉でした。

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 今回のランチの担当は青年会。

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 甘いマスクにこぼれるスマイル。
 親子丼を運ぶカリスマウェイター達に、婦人たちはメロメロです。

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 その後花見へ。出来上がった感じの人たちがいますが、アルコールは入ってないはずです。
 
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 今日の十七川。

| いい一日でした。 | 20:29 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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イースター礼拝の御案内 (4/4まで上部に掲載)

(クリックで拡大します)


 こんどの日曜日はイースター(復活祭)。
 うれしいことに、一人の方の洗礼式も予定されています。
 洗礼は、滴礼と言って上から水を注ぐ方式と、浸礼といって全身水に浸かる方式とがあるのですが、今回の方は浸礼を希望。
 4月上旬の旭川って冷たそうですが、やはりうれしいことに変わりありません。

 イースター礼拝は4月4日(日)10:30からです。教会では、クリスマス礼拝と並ぶ大切なイベントです。(洗礼式をご覧になりたい方は、朝9時教会出発です。)
 どなた様でも、心より歓迎いたします。

  山陽聖約キリスト教会 斉藤

| 各種ご案内 | 00:06 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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明日に架ける橋

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 明日のイースターに備えて、朝から色々な方が準備のために教会に出入りされていました。
 私は、洗礼式をする旭川に下見&ゴミ拾いに行ってきましたよ。

 写真は、K2氏が小川を石や流木で橋渡しをしているところ。
 明日、皆さんが渡れるように、と。せっせと励んでおられました。

 教会からの帰り道、十七川でパチパチシャッターを切るのが最近の日課。

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| いい一日でした。 | 18:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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作夕の十七川

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 いよいよ咲き始めました。

 昨日は、エイプリルフールだったので、ツイッターで精いっぱい嘘をついてみましたが、何とも言えない解放感と共に若干の反省を味わったことでした。

 昼はShi-ton氏とランチ。
 三つのごちそうがあるんですよね。

 一つはランチそのもの。(四季菜さんの380円弁当)
 二つ目は語り合い。
 三つ目は最後の祈りの時。

 心豊かな一時間に感謝~。

| いい一日でした。 | 16:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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春の雨

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 春の雨って優しい感じがして、好きです。
 
 この春から、新しい歩みをする知人が幾人かいます。
 それぞれの新しい日々の上に、こんな雨のように、優しく神様の恵みが降り注ぎますように。

 「わたしは彼らと、わたしの丘の回りとに祝福を与え、
  季節にかなって雨を降らせる。それは祝福の雨となる。」
   エゼキエル34:26

| いい一日でした。 | 17:29 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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