PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

『 これから結婚するあなたへ 2』 結婚式に必要なもの

「わたしはあなたと永遠に契りを結ぶ。
 正義と公義と、恵みと
 あわれみをもって、契りを結ぶ。
 わたしは真実をもってあなたと契りを結ぶ。
 このとき、あなたは主を知ろう。」 ホセア2:19-20



[2]結婚式に必要なもの

 キリスト教結婚式は長い伝統の中で、色々な要素を盛り込んだ現在の形になりました。
 白いドレスにバージンロード、指輪の交換や誓いの言葉など・・。
 すべてがどうしても必要なものとは限りませんが、一つ一つの意味を知っておくと、結婚式の意義を表す大切な「かたち」と言えます。
 いくつかの要素について見ておきたいと思います。

d.jpg

1.新婦入場
 多くの場合新婦は父親とともに入場し、バージンロードの上を歩きます。白いドレスを着るのが普通です。
 新郎は新婦を待ち、新婦の父親から新婦を受け取ると二人で牧師の方に進み出ます。

 バージンロードはそれまでは誰も踏んではならない、と言われたりしますが、別に踏んでも天から雷に打たれたりすることはありません。(^^)

 白いドレスを着るのは、新約聖書の黙示録19章8節にその意義があると言えます。

 「花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。
  その麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」


 この聖句は、世の終わりに、地上の教会が花嫁となってイエス・キリストに出会うさまを預言しています。
 花嫁の輝く装いは、信仰の純潔を表しています。
 聖書の教えでは、すべてのクリスチャンは、天国で神と出会うまでその約束の期間を過ごしています。それは婚約関係にたとえられています。ですからクリスチャンはやがて訪れる喜びの時を心から楽しみにして待ち望みます。そして神との約束に生きるものとしてふさわしく、純真な信仰をもって地上での生涯をすごします。

 花嫁が白いドレスをまとい、最愛の婚約者のもとに歩くとき、それは地上の全教会に与えられた約束の喜びを証ししているのです。
 ですから、花嫁は自分はキリストによってすべての罪を赦されたものである、という信仰をもって、すべてを神にゆだねて安心して新郎へと歩みよるべきです。この罪の赦しについては、キリスト教の教えの中心的な恵みなので、新郎新婦ともぜひ教会で事前に学んでください。

 また、父親に手を引かれていた新婦が新郎に渡されるのは、二人は新たな独立した家族となることを示しています。
 それぞれの家族から自立する、ということが大切です。
 それは聖書にこう記されているからです。

 「それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、
  ふたりは一体となるのである。」創世記2:24


 結婚する人は、それぞれの家族から自立をしなくてはなりません。経済的自立も大切ですが、精神的な自立が大切です。
 家族に頼ったり、甘えたりする関わりのままで結婚することは好ましくありません。
 しかし、それは今までの家族を忘れる、ということではもちろんありません。互いの家族をうやまい、誠実に接していくべきです。

2.誓い
 前回も触れましたが、結婚は神と教会の前の誓いの儀式です。
 現代のキリスト教結婚式の「宣誓」と「指輪の交換」がそれに当たります。
 誓いについて考えるためには、キリスト教の結婚の歴史をひもとく必要があります。
 旧約聖書の時代には「結婚」は二つの部分から成り立っていました。「婚約」と「婚礼」です。まず婚約がなされ、それから準備がととのったら婚礼が開催されます。婚約から婚礼の間は、夫婦はまだ一緒に暮らしてはいません。しかし約束において法律的には夫婦とみなされます。
 日本の古来からの結婚でも結納をして、結婚の約束を交わすのと同じです。
 しかし、聖書の婚約ははるかに強い意味を持っています。婚約破棄は基本的に許されないことでした。契約は必ず守られなくてはならないのです。
 ですから、婚約式では証人を立てての口頭での誓いがあり、それからお金、あるいは品物が婚約のしるしとして花婿から花嫁の父親に対して渡されました。
 婚礼は、約束が成就して結婚が成立したことを祝うパーティーです。ですから、婚礼で誓いをしたりはしませんでした。
 現代のキリスト教結婚式では多くの場合、この「婚約」と「婚礼」が同じ日にされていると思われます。

 このようなわけで、結婚式の宣誓は絶対の契約を、指輪の交換は契約の証拠としての意味を持っています。
 新郎新婦は、神から与えられた伴侶として、相手を生涯愛し続けることを固く約束します。

 このようにキリスト教の結婚式の誓いには、絶対的な契約の意味があるのです。
 (もちろん例外はあります。残念ながら婚約が破棄されたり、離婚が生じるケースもあるでしょう。その時、教会はそのカップルを裁いたりはしません。弱い人間の実情を共に悲しみ、励ましあって新たに立ち上がれるように助けなくてはなりません。)

3.神の臨在
 ここまで見て来た様に、結婚式は「神の御前で行われる」という意味が大変強いものです。神の御前に立つ、という心構えが大切です。

 神がここにおられる、ということが意識されないで行われる誓いは空しいものです。
 しかし、神がここにおられて、これからの二人を祝福してくださっているのだという信仰によって誓うならば、これからの結婚生活においてかけがえの無いよりどころを持つことができます。

 結婚式の準備にいろいろとあわただしく動くことも多い新郎新婦ですが、式の当日には「神の御前に立つのだ」という心備えをしておくべきです。
 「神様、ここまで導いてくださり感謝します。これからもどうぞよろしくお願いします。」と祈りつつ、式に臨んでください。

| いい一日でした。 | 10:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。