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「誰なら、そいつは!」 -義父召天-

 義父が天に召されました。

 10月14日明け方、心筋梗塞でした。
 寝たきりになって久しく、やっと楽になれなのだなぁという印象です。
 寝たきりになるまえ、児島聖約キリスト教会で、今までの罪を悔い改めて、キリストを信じる告白を牧師にしているので、私としては寂しさの中にも希望があります。

 通夜の夜、義母や義兄家族と色々と義父の思い出話に花を咲かせたことでした。
 義父はとにかく働き者だったそうです。
 家族を養うために、進学させるために、休むことなく働き続けたそうです。
 しつけは厳しく、たくさん殴られた義兄もあれば、体が弱くしっかりといたわられた義兄もおり、不器用だけど父親としての役割を力一杯に果たそうとした生きざまが伝わってきました。

 若くして結婚した義母を自転車に乗せて、町まで(当時児島には映画館があったとか)デートしたことなどを、義母も楽しげに語ってくれました。

 私が義父と初めて会った時には、すでに脳梗塞を患った後で、穏やかなやさしい男性、というイメージでした。実際に可愛がっていただいたと思います。
 しかし、実は義父が私に対して怒ったことがある、というのを後で知りました。

 それは、私が初めて妻の家に挨拶に伺う日の直前のこと。
 妻が、「実は結婚したい人がいる・・」とあらかじめ義父に告げた時です。
 義父は突然怒り出し、「誰なら、そいつは!」と叫んだのです。
 末娘を連れていく男に対して、怒りが爆発したわけです。ああ、その場に居なくてよかった・・。

 けれど後日私があいさつに伺った時は、ただ黙って承諾して下さいました。
 でもあの時、本当はとっても寂しかったのではなかったかな、と思います。

 私は後でその話を聞いた時、なんだかとてもうれしかったのです。
 それほどまでに妻のことを愛していて下さったのだな、と。

 お義父さん。
 今は、神様のそばで安らいでいらっしゃるんですね。
 大切な娘さんを、私なりに愛し続けていきますね。私は頼りない男ですが、神様が御一緒なので、大丈夫と思います。
 そして、お義母さんのことも大切にしますね。
 お義父さんが大切にした家族みんなの絆のために、助けとなれるよう、私なりにがんばりますね。

| いい一日でした。 | 15:04 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

驚きました

ANNEさんお父様お亡くなりになられたのですね
ビックリしました
大事に育てられたと聞いております
どんなにお寂しいことでしょう
ご冥福をお祈りいたします
ANNEさんお力を落とさないでお母様を守ってあげてくださいね

| 八ちゃん | 2009/10/19 23:40 | URL | ≫ EDIT

ご冥福をお祈りいたします。

娘を嫁にやる事に平気な父親は、いないでしょうね~。

児島の映画館、私の両親も何度も行ったらしいです。
当時は映画くらいしか楽しみが無かったらしく。。。
”3丁目の夕日”の時代でしょうか。
私は閉館になった映画館の前を、買い物や通学で通ってました。
児島に、5館くらいはあったみたいですね。

| M母 | 2009/10/20 14:55 | URL | ≫ EDIT

⇒八ちゃんさん

 Anneに伝えておきました。「ありがとうございます。」とのことでした。今はまだ気持ちを言葉にできず、皆様の言葉に涙を誘われているようです。

 冥福(あの世での幸い)の方は、大丈夫と思います。ありがとうございます。

| Stephan | 2009/10/20 19:52 | URL | ≫ EDIT

⇒M母さん

 ありがとうございます。
 そうですね。
 私は一番大切な何かを形見としてお義父さんから頂いたのだと思っています。

 児島に映画館が5つあったという話、義兄からも聴きましたが、にわかには信じられませんでした。

 製塩工場の塩の山で遊んだ話。海岸でタコやシャコ、貝がたくさん獲れた話など、かつての児島の様子を義兄達が義父の思い出とともに懐かしそうに話してくれました。

| Stephan | 2009/10/20 19:57 | URL | ≫ EDIT















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