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なつさんからの質問。 「どうして、レビ記の神へのささげもののパンにはパン種を入れてはいけないんですか?」

 マニアックな御質問ありがとうございます。

 下記の聖句ですね。

「あなたがたが主にささげる穀物のささげ物はみな、パン種を入れて作ってはならない。
 パン種や蜜は、少しでも、主への火によるささげ物として焼いて煙にしてはならないからである。」
  レビ記2:11


 旧約聖書時代の、神へのささげもののパンには確かにパン種はNGだったようですね。

 (補記:KIBIさんご質問ありがとうございます。23:15-21の「初穂の祭り」(ペンテコステ)の時のような感謝のささげもののパンはパン種を入れていますね。これは、上の全焼のいけにえとは区別されます。初穂の祭りのパンは、焼き尽くされず、祭司が食べることになります。柔らかいパンを食べながら、収穫の主に感謝したのではないでしょうか。)

 旧約聖書における「いけにえ・ささげもの」は、民の神への心が問われているわけで、たくさんささげればいいとかそういうものではありません。
 イースト菌や蜜を入れたパンは、入れないパンに比べて腐敗が早いそうです。(どうせ焼いてしまうささげ物なので、消費期限には問題ないのですが・・)
 混ぜ物をしたせいで、一見良いものになったようで、実は純度が失われてしまった、というようなことが言えるでしょう。(正確には、イースト菌そのものではなく、イースト菌とともに用いる糖分に腐敗促進の要素があるようです。Yasushi氏談)

 一方で13節には塩は用いるように、とあるように塩の持つ清めと保存の働きが重要視されているのでしょう。

 イエス・キリスト以降、ささげものは無くなりましたが、神が民に望まれる志は変わらないと思います。
 まじりけのない思いを、神はことのほか喜ばれる方なのですね。

 たとえば、新約聖書でパウロは・・

「ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、
 パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか。」
   第一コリント5:8


 うわべよりも、心が大切、ということですね。

 また、ご質問お待ちしています~。

| 教えて!牧師さん。 | 18:33 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

レビ記23:15~21の記述ではパン種を入れたパンが神にささげられていますが、これはなぜでしょうか?

| KIBI | 2009/10/27 00:27 | URL | ≫ EDIT

⇒KIBIさん

 ご質問ありがとうございます。
 上の記事に補足しておきました。

 またのご質問おまちしています。

| Stephan | 2009/10/27 14:03 | URL | ≫ EDIT















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