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にゃおうさんからの質問 「聖書で意味の分かりにくい箇所がある時は・・。」

「教えて!牧師さん」4

■思ったほど、聖書が読み進めません。特に、意味のわかりにくい章を流し読みしてしまうとき、これでいいのかなあ、と感じてしまいます。

 にゃおうさん、続けて質問ありがとうございます。

 聖書通読を心がけていらっしゃるんですね。とてもうれしいです。

 確かに、通読をしていて「ん?どういう意味だろう・・・。」という聖書箇所に出会うと困りますよね。
 そこから何を学んだらいいのか、どう祈ったらいいのか、戸惑いますね。

 結論から言えば、それでも読み進めてしまいましょう!
 で、「神様、今日の個所はちょっとよく分かりませんでした。また分かる日が来ますように。」と祈ってしまっていいと思います。

 「分からないなぁ」と思っても、実は二つのことは心に留まっています。

 1.書かれてある出来事や言葉の記憶。
 2.「これ、どういう意味?」という疑問、難解なフレーズへのひっかかり。

 この二つは、実はとても大切だと思います。

 1について言えば、その出来事や言葉が、数章(あるいは書全体)にもまたがる大きな文脈を理解する上で、必要な知識であることが少なくありません。
 2について言えば、いつかどこかでその疑問が解ける日が来るからです。
 ちょうど素敵な靴の片方を拾ったようなものです。もうしばらく旅を続けていれば、もう片っぽも手に入れることが出来るでしょう。そうしたら、ちゃんと使えるのです。
 旧約聖書の通読で心に留まった引っかかりが、新約聖書で素晴らしい発見に至ることだって、よくあるのですよ。
 大切なことは、疑問は疑問として、戸惑いは戸惑いとして持っておくことです。

 こうして得た発見や、知識は、にゃおうさんの心の中の宝物になって、誰もそれを奪うことはできません。
 そんなわけで、いつも前向きに読み進めてしまってください。
 ただし、旧約でもレビ記とか、後半の小預言書など、どうしても難しいなぁと思える箇所などを読んでいて、「これじゃぁ今日の心の糧にまったくならないよ・・」という場合は、一日ごとに、あるいは朝夕で新約聖書の福音書なども併せて通読するといいと思います。

 それから、教会の牧師さんや伝道師さん、先輩クリスチャンをばんばん活用しましょう。
 疑問をどんどんぶつけてみて下さい。喜んで一緒に悩んでくれることでしょう。
 私にお尋ねくださってももちろん結構です。

 力を抜いて、語って下さる神様に期待しつつ、読みつづけて参りましょう。
 参考までに、聖書通読についてのメモをいくつかリンクしておきますね。

 ・「マイペース聖書通読法」
 ・「祈るところからはじめよう」
 ・「なぜ通読?」
 ・「祈りと聖書」

 にゃおうさんの聖書通読の時が神様とのよい交わりの時となりますように!

 「聖書はすべて、神の霊感によるもので、
 教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい
 十分に整えられた者となるためです。」 第二テモテ3:16-17

| 教えて!牧師さん。 | 20:25 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

なるほど。

それほど、気負わずに読んでいっても
いいのですね。

さっそく、回答ありがとうございました。

| にゃおう | 2009/11/15 20:54 | URL | ≫ EDIT

⇒にゃおうさん

 はい。
 また、いつでも質問どうぞ~。

 今週もにゃおうさんの上に祝福がありますように。

| Stephan | 2009/11/15 22:10 | URL | ≫ EDIT















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