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路傍の石さんからの質問 「神は死んだ後のことまで考えて下さっているのですか?」

「教えて!牧師さん」8

■私は信者ではありません。人生の終わりが近づいてこようとしている時、自力で解決できない心残りの問題があるならば「神は死んだ後のことまで考えてくださっている」と何かの時に聞いたことがあります。何故かずっと気になっていました。この摂理についてお教え願います。

 路傍の石さん、こんにちは。
 ご質問ありがとうございます。

 おそらく、私よりも人生の先輩でいらっしゃるのだと思います。
 若輩者の私が、ご質問の真意をどこまで汲んでお返事出来るか、ちょっと自信が無い部分もあるのですが、聖書の教えているところをそのままに、お伝えさせて頂きますね。

 聖書では、「神は愛である。」と記され、また、「永遠の神」とも記されています。
 ということは、神は永遠に私たちを愛して下さる存在である、ということになります。

 実際に下記のような聖書の言葉があります。

 「主は遠くから、私に現れた。
 『永遠の愛をもって、 わたしはあなたを愛した。
  それゆえ、わたしはあなたに、 誠実を尽くし続けた。』」
   エレミヤ31:3


 永遠の神の愛は、永遠の誠実を私たちに約束しています。
 この愛と誠実は、「死」をもって断絶されることなく、連続するのです。
 この意味で、神を信じる者にとって、死は通過点でしかありません。

 今を神と共に生きる人は、明日も10年後も、死後も、永遠に神と共に生きるのです。
 このように、変わることのない神との絆を、聖書は「永遠のいのち」と読んでいます。

 そうは言っても、私たちは死後の世界について様々な不安を持つものです。
 ですから、イエス・キリストは、噛んで含めるようにこう言われました。

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。
 神を信じ、またわたしを信じなさい。
  わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。
 もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。
 あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。
 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。
 わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」
  ヨハネ14:1-3


 どうぞ、神との絆をお求めになることをお勧めします。
 そして、永遠に変わらない愛の中に、安心を得て頂きたいと思います。

 「自分で解決できない心残りの問題」をお持ちなのですね。
 どんな問題であれ、私たちは神の前に持ち出すことが出来ます。
 そして、神には不可能なことはありません。
 あるがままのことばで、どうぞ神に祈ってください。

 こんな言葉もあります。

「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
 神があなたがたのことを心配してくださるからです。」
  第一ペテロ5:7


 考えてみれば、私たちは自分で生きているのではなく、生かされている存在です。
 明日何が起こるかも私たちは知りません。
 ただ、今日を精いっぱいに生きるのみです。

 神に祈りながら、一日一日を良く生きること。
 あとは、神様にゆだねてしまってよいのです。
 
 どうぞ、神がどのような方かを知ることをお求めください。
 知れば、きっとさらに安心してすべてをおゆだねすることができるでしょう。

 そのためにお手伝い出来ることがあれば、何なりとさせて頂きたいと思います。

 お答えになったでしょうか。
 不明なこと等、何でも御質問下さい。

| 教えて!牧師さん。 | 17:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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