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タシロセさんからの質問「マルコ10:29-30の”父”について」

「教えて!牧師さん」22

■クリスチャン年齢から言って、とっくに理解しておかなければいけないことかと思いますが、この場を借りて質問させて下さい。
 マルコの福音書10章29,30節で、
 「29 わたしのために、また福音のために、
     家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、
  30 その百倍を受けない者はありません。
     今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、
     後の世では永遠のいのちを受けます。」
 とありますが、何故、29節にある父が、30節では抜け落ちているのでしょうか?
 よろしくお願いします。

 タシロセさん、こんにちは。
 お返事が遅くなりまして、申し訳ありません。

 この箇所を理解する上で、補足としては、「捨てる」と訳されている言葉は、「置く」「残していく」とも訳される言葉であることをお伝えしておきたいと思います。
 家族を大切にすることは、クリスチャンにとっては、基本です。
 しかし、イエス・キリストこそ、最優先されるべき存在であって、もしもキリストに従う事が家族を置いて行かなくてはならない、というような事態(家族から信仰故に勘当される、など)には、キリストを選ぶという事になるのでしょう。

 さて、ご指摘の通りに、29節に列記されている人間関係(と所有物)の中で、30節では「父」が抜けていますね。
 これについては、色々な解釈が世にはあるのかもしれませんが、私としては「父」はすでに受けているから、と理解しています。
 すべての者の父と呼ばれるにふさわしい神が、キリストによって、私たちの父となって下さる所から、クリスチャンの歩みは出発しています。いや、父を得たからこそ、私たちは何かを失う事に対して勇気を持ちうるのではないでしょうか。

 「私たちが神の子どもと呼ばれるために、
  --事実、いま私たちは神の子どもです--
  御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。」
   第一ヨハネ3:1


 お答えになったでしょうか。
 クリスチャンを長くされていても、牧師であっても、分からない時は分からないものです。語り合いながら、聖書の奥深さをご一緒に味わって参りましょう。

 また、いつでもご質問下さい。

※「教えて!牧師さん」は、駆け出しの牧師Stephanが、
自分の勉強のために受け付けている質問コーナーです。
質問はブログ右側のメールフォームよりお送りください。

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