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にゃおうさんからの質問「未来のことは神さまの計画のなかにあるのなら、祈ることの意味は?」

「教えて!牧師さん」24

■ふと考えたんです。神さまの御手には私たち人間について様々な計画があると思います。時間的に未来のことは神さまの計画のなかにあるのでしょうか。だとしたら祈ることの意味がなくなるような気がしたのですが、どうでしょう。

 にゃおうさん、こんばんは。
 とても大きなテーマの質問ですね。

 確かに、神様は御計画をお持ちですよね。

 「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。
  --主の御告げ--それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、
  あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」 エレミヤ29:11


 神様には神様の計画があって、それは私たちの知るところではありません。
 私たちに未来のことは分かりません。でも二つのことは知っています。
 「どなたが未来を握っておられるか。」そして「それは私たちのための最善の計画だ」ということ。

 こうして考えると、私たちは「自分たちの祈りの力で未来を変える」必要はありませんね。
 それは不可能なことだし、しかも神様の最善以上の未来は無いのですから。

 でも、だからと言って、祈ることの意味が無くなるわけではないと思います。
 お祈りって、「願い事」だけではないからです。

 ちょっと、祈りの種類について書いてみますね。

 1.相談・・・「天のお父様、にゃおうさんからのこの質問、どう答えたらいいんでしょうか・・?」
 2.感謝・・・「今日も一日ありがとうございました。」
 3.訴え・・・「神様、あのことが正直つらいんです・・。」
 4.告白・・・「心の中で、あの人のこと恨んでます・・。」
 5.とりなし・・・「神様。○○さんが、今も平安の中過ごしていますように。」
 6.明け渡し・・・「神様。試験の結果は、あなたにお任せします。」
 7.悔い改め・・・「神様。こんな罪を犯してしまいました。キリストの十字架によって、お赦し下さい。」

 願い事以外にも色々ありますよね。祈りって豊かですね。

 さて、「願い事」の祈りについても、やっぱり「不要」とは言えないな、と思います。
 私もよく祈りで願う事をします。

 ただ、それは神の計画を変えてもらう祈りではありません。

 「あの事があなたの御心通りになりますように。」とよく祈ります。
 これは、願っているようで実は、「告白」であり、「明け渡し」なのです。
 ある事柄についての不安があって、祈りだします。でも、いろいろ祈っている中で、結局神様の御計画が最善だよなぁと思いだします。でも、次に別の不安が生じます。神様の計画が最善だとしても、自分の思いがそれを喜べなかったらどうしよう、と。神様との信頼が問われます。
 しかし、思い悩み、心を神様に向ける中で、次第に気持ちが整ってきます。神様の愛についての聖書の言葉を思い出したりします。
 そして、最後に「あの事があなたの御心通りになりますように。」と祈った時に、深い平安を得ます。

 「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。
  あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。
  神は、われらの避け所である。」 詩篇62:8


 「願い事」に聞こえても、そこには神様との会話があり、様々な祈りの要素があるのです。

 祈りは神様を変えることはありませんが、祈り手を変えます
 誰かの幸せを祈る中で、その人への愛が深まり、実際にその方のために自分が何を為すべきか、ということを示されたりします。
 ある人の救いを祈る中で、とても切ない思いに駆られ、はっと「私の事も神様はこんな風に思って下さっているんだ。」と気付かされたりもします。

 病の癒しの祈り等は、祈らずにはいられない、という時もあります。
 そして、その結果として癒されたりするときに、そのことで、どなたかが神様をあがめることにつながったりします。
 その場合は、「癒されることが計画」なのではなく、「祈った後に癒されることが計画」と言えるかもしれません。

 心を開いて神様に期待し、思いの丈を打ち明けて、ある時は耳を傾け、思いめぐらしながら、私たちは祈ります。
 願い事を一方的に押し付けるのは祈りではありません。それは、神様を利用することです。
 祈りは神様との「交わり」です。
 
 その「交わり」の中で、祈りの世界の豊かさ、神様の豊かさを味わっていけたら、と願います。

 「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、
  感謝をもってささげる祈りと願いによって、
  あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
  そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
  あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」
    ピリピ4:6-7

 うーん、お答えになったでしょうか。
 加えてのご質問も、歓迎です。

 おわりになりましたが、にゃおうさんの神様との交わりのために、祝福を祈ります。
 これは、「願い」ですね。でも、そう祈らずにはいられません。
 この祈りも神様の計画の内にあるのでしょうか。だとすると、神様が祈らせて下さるのでしょうね。
 そんな思いを込めて、「祝福がありますように」と挨拶したいと思います。

 またいつでもご質問下さい。
※「教えて!牧師さん」は、駆け出しの牧師Stephanが、
自分の勉強のために受け付けている質問コーナーです。
質問はブログ右側のメールフォームよりお送りください。

| 教えて!牧師さん。 | 03:04 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

そうすると・・・

こんにちは。
回答ありがとうございます。

何度か回答を読ませて
頂きつつ、納得できたところと
まだ疑問がのこるところがあります。

神さまの御手のなかに未来も
あるということはある程度
納得できたように思います。

ですが、そうすると
例えば、病のなかにいる友に
ついて癒しを祈る時、
「友の病を癒してください」
とこれまで祈ってきましたが
「友の病の結果はあなたが計画して
 おられますから、その結果が
 どのようになっても、私たちが
 それを受け入れられるように
 助けてください」
と祈るのが正しい、ということでしょうか。

そして、病が悪い結果、たとえば死を
招くという結果になっても
それは神さまの最善の結果として
受け入れる、ということなのですか?

うーん、質問の表現が
うまくまとまりませんが、
どうでしょう。

| にゃおう | 2010/03/22 17:14 | URL | ≫ EDIT

⇒にゃおうさん

 こんな経験があります。

 ある夜、信徒さんの病気のことがひどく心配になりました。本当に癒されてほしい、と願わされ、心から祈りました。「祈らされている」という感じでした。

 翌日、その方が復調して顔を出された時、涙を流して喜びあったことでした。

 それは祈りによる癒しでもあると同時に、主の計画の中にある出来事でもある、と思います。

 どうぞ、病んでいる方への愛と同情心があふれるなら、心からその方のための癒しを祈り求めて下さい。

 ただ、その結果癒されない時、もあります。
 その状態には何らかの意味があるのです。祈り続けながら、同時にその方と寄り添っていく力を神様に求めて下さい。

 最終的にいのちが取られたら、もう私たちに出来ることはありません。すべてを神様にゆだねるのみです。
 その死を受け入れられないならば、その気持ちを神様に訴えて、慰めを与えて頂く必要があります。

 神様が、これからも、私たちに祈ることを教えて下さいますように。

 「私たちにも祈りを教えてください。」 ルカ11:1

| Stephan | 2010/03/22 18:51 | URL | ≫ EDIT

衝撃的

こんばんは。

今回の質問は今までさせてもらった
質問とは違って、
とても衝撃的でした。

神さまのうちに未来の計画も
あるということですね。

未来は神さまも含め
未知のものと勝手に
解釈していたので、
なんだか想定外でした。

でも、神さまなのだから
当然でもありますね。

さらに、祈りのなかで
神さまに教えて頂きたいと思います。

| にゃおう | 2010/03/25 21:32 | URL | ≫ EDIT

⇒にゃおうさん

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」
  伝道者の書3:11

 私たちが時間を先取りもさかのぼりも出来ない以上、今回の事がらは理解することのとても難しい内容を含んでいると思います。

 でも、私たちは幸いなことに永遠の神との絆を頂きました。祈り、というものは、今を生きる私たちと、永遠の神とのつながりの実際なのだと思います。

 祈り続けていきたいですね。
 そして、神からの平安と希望をいっぱいに受け止めて未来に向かっていけるといいですね!

| Stephan | 2010/03/26 09:11 | URL | ≫ EDIT















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