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Akioさんからの質問「バプテスマ(洗礼)の起源は?」

「教えて!牧師さん」25

■バプテスマっていつから始まったんですか?確か旧約聖書には出てこなかったように思います。

 Akioさん、ご質問ありがとうございます。

「・・・バプテスマのヨハネが荒野に現れて、
 罪の赦しのための悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。
 そこでユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ行き、
 自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。」
  マルコ1:2-5


 バプテスマのヨハネがエルサレムの人々にヨルダン川でバプテスマ(洗礼)を授けたことが、福音書の初めに出てきますが、確かに、旧約聖書に「洗礼」という言葉は出てきませんね。(バプテスマ[洗う:バプティゾーの名詞]はギリシャ語です)

 でも、関連する出来事はいくつかあります。一つは、水のきよめの儀式。
 「レビ人をイスラエル人の中から取って、彼らをきよめよ。
  あなたは次のようにして彼らをきよめなければならない。
  罪のきよめの水を彼らに振りかける。」民数記8:6-7


 そして、川での洗礼をイメージさせるナアマン将軍の出来事。

 「そこで、ナアマンは下って行き、神の人の言ったとおりに、
  ヨルダン川に七たび身を浸した。すると彼のからだは元どおりになって、
  幼子のからだのようになり、きよくなった。」
    第2列王記5:14


 こういう個所から、水によるきよめのしるしや沐浴という習慣・感覚は、旧約聖書の時代にもあったと言えます。

 さらに、中間時代(旧約聖書と新約聖書の間の400年間)には、ユダヤ教への改宗者が、きよめのしるしとして水に浸(つ)かる、という習慣が生まれたようです。
 また、ユダヤ教の中のクムランというグループ(死海写本はこの人たちによるものです)は、自分たちをきよく保つために水浴を繰り返していたことも分かっています。
 「バプテスマ」が新約聖書の時代には、すでに新奇なものでなかったことは、当時の律法学者がバプテスマそのものについては何も非難してないことから推察されます。

 こういう流れの中で、バプテスマのヨハネは、「来るべきメシヤの到来の心備えとしての、水による悔い改めのバプテスマ」を提唱し、洗礼を施したと思われます。

 以上、お答えになったでしょうか。
 Akioさんの聖書との歩みが、これからも祝福されたものでありますように。

 また、なんでもご質問下さい。
※「教えて!牧師さん」は、駆け出しの牧師Stephanが、
自分の勉強のために受け付けている質問コーナーです。
質問はブログ右側のメールフォームよりお送りください。

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